研究紹介

動物の家畜化の研究

後藤 達彦(茨城大学)CV

私は、博士研究員の時に、マウスの行動遺伝学の研究を行ってきた。 今回は、マウスの行動を指標にした、動物の家畜化の研究について書いていこう。

家畜化、それは、野生動物を飼い馴らし、家畜にすることである。 もう少し詳しくいうと、ヒトが何らかの目的のために飼い馴らし、その繁殖をコントロールしている動物のことを家畜と呼ぶ。 家畜と聞くと、ウシ・ブタ・ニワトリを中心とする、肉・乳・卵などの食料を得る目的で飼い馴らされた動物をイメージされることが多いと思う。 しかしながら、イヌ・ネコに代表される愛玩動物や、マウス・ラットのような実験動物もまた、愛玩および研究目的のためにヒトが飼い馴らしているため、家畜といえる。 また、羊毛や絹糸を得る目的で飼い馴らされたヒツジやカイコも、労働力を得る目的で飼い馴らされたウマやラクダなどの使役動物も、同様な基準から家畜といえる。 このように、現在までに、ヒトによって飼い馴らされてきた様々な家畜たちは、いったいどのようにそれらの祖先である野生動物から生み出されてきたのだろうか。

イヌの家畜化が最も古く、約1万年以上前になされ、その他の動物が、その後次々と家畜化されてきたと考えられている。 現在までに家畜化されていない動物に対しても、飼い馴らそうとする試みがなされてきたと考えられるが、家畜化が成立した動物はほんの一握りにすぎない。 では、野生動物と家畜の間に存在する「違い」というのは、いったい何なのだろうか?その違いを見るのに都合の良いやり方は、家畜とその野生原種を比べることだろう。 その両者を挙げてイメージしやすいものは、イヌとオオカミ、ブタとイノシシであろうか。その両者の間には、身体的な特徴の違いもさることながら、その行動において、とても大きな差異が存在する。 その中の一つに、従順性(ヒトに対する馴れやすさ)の行動があり、それは動物の家畜化において最も重要な要因の一つであると思われる。 家畜化のタイミングで動物にいったい何が起こったのかについては分からない部分が多いが、その前と後のそれぞれの動物における従順性の違いは顕著なものがある。 例を挙げてみると、オオカミのような野生動物から、尻尾を振ってヒトに近寄ってくるといったイヌのような家畜が生み出されてきたわけだ。 このような行動の特徴は、親から子へと世代を超えて確かに遺伝するために、イヌの子はイヌのように振る舞い、オオカミのそれとは違うのである。

本ホームページの読み物『私のニワトリの研究』において紹介した通りに、動物の従順性の行動に関与している遺伝子は、1つや2つではなく、100あるいは1,000を超えるような「多数の遺伝子のセット」であると考えられている。 それら多数の遺伝子それぞれには、様々な型が存在しており、それらの組み合わせの違いが、従順性の善し悪しに関する遺伝的な能力を決定している。 これまで長い年月の間、ヒトが飼い馴らしてきた結果、家畜の従順性に関与する多数の遺伝子のセットは、ヒトに対して近寄らないような組み合わせから、ヒトを避けることなく近寄ってくるような組み合わせになってきたと言える。

実験動物であるマウスには、300を超える多数の系統が存在している。 これらの系統は、愛玩化されたマウスをその祖先にもつグループ(実験用マウス)と、ほんの最近に捕獲された野生マウスをその祖先にもつグループ(野生由来マウス)の、大きく2つに分けることができる。 実際に飼育してみると実感できることであるが、実験用マウスは、ゆっくり動いて、とてもおとなしいという印象である一方、野生由来マウスは、俊敏に動き、とても臆病な印象であるのが一般的であろう。 これら2つのグループに属する十数系統のマウスを対象に、その従順性の行動を調べてみると、マウスの家畜化に関する新たな知見を得ることができた。 野生マウスとそれらを愛玩化した実験用マウスの比較から、「ヒトから触られることを嫌がらない」という行動特性が、 マウスの家畜化において重要なポイントであった可能性が示された(http://www.nig.ac.jp/Research-Highlights/1170/1374.html)。 今後、マウスの従順性行動の遺伝学研究を通して、家畜化の鍵を握る遺伝子群を明らかにしていき、少しずつ家畜化の歴史を紐解いていきたいと思う。

以上のように、様々な動物を対象にした研究を行うことによって、生物の真に迫ろうとする「畜産」の研究は、たいへん興味深いものである。 近い将来、基礎研究から明らかにしたことを畜産の現場に応用できるよう、日々前進していきたい。

野生由来のマウス

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