公益社団法人 日本畜産学会

「畜産学」って何?

畜産学は、畜産業を普及させ、人々の生活にさらに寄与するために、家畜を合理的に飼育し、繁殖させ、改良する動物生産の部門、畜産物の加工・利用の部門、畜産の経営・経済に関する部門を研究し、その成果を体系づけることで発展した学問です。

しかし、昨今の環境問題や野生動物との共生、さらに生物学の進歩など、畜産を取り巻く状況を日々進歩しております。

本ページでは、本学会会員の安江健先生(茨城大学准教授)並びに出版元の旺文社さんのご協力の下、高校生向けの大学受験雑誌(蛍雪時代 全国大学学部・学科案内号2010年4月臨時増刊に掲載された「畜産学分野」(p798-p800)の内容を紹介いたします。

畜産学とはどのような学問か

紀元前1万年にイヌを最初に家畜化した人類は、その後も長い年月をかけて乳、肉、卵、皮毛などの物質を利用するために様々な哺乳類や鳥類を家畜化してきた。これら人類によって野生動物から作出された動物が「家畜」と呼ばれる動物達であり、この家畜を用いて食料などの物質を生産する業種を「畜産(業)」と呼ぶ。

つまり畜産学とは「主に食料など物質生産のために飼育する動物とその生産物に関する理論と技術に科学的基礎を与える応用科学」と言うことができる。

こう書くと皆さんは「畜産学とは畜産農家を支える科学技術に関する領域」と思われるであろう。もちろんそれが畜産学の中心であることは今も変わりない。

しかし畜産学の発展・深化にともない、近年はその対象が従来のウシ、ブタ、ニワトリといった農用家畜からイヌ、ネコ等の伴侶動物、動物園動物や実験動物、果ては野生動物に至る多くの動物にまで拡大している。

つまり現代の畜産学とは、「人類の現在および将来に有用な動物全般に関する応用科学」とでも言うべき非常に大きな学問領域となっているのである。

畜産学の現在と将来

元来食料生産のための畜産(業)を支える学問領域であった畜産学は、畜産食品の利用が昔から盛んな欧米での歴史は古いものの、わが国で大きく発展したのは戦後の高度経済成長期に入ってからであった。以降、現在までの50年間で畜産学と畜産業は大きく発展し、そこで生み出された科学的知見や技術のいくつかは畜産学の周辺領域にも拡大しつつある(図 畜産学の現在と境界領域図)。ここでそのいくつかを紹介しよう。

効率的に乳、肉、卵を生産するためにはその動物の遺伝的能力を高める育種・改良が不可欠であるが、そのために開発された人工授精や受精卵移植といった家畜の繁殖技術は、不妊治療などヒトの医療技術の開発に大きく役立ってきた。また1980年代には畜産学にもバイオテクノロジーや分子生物学の手法が取り入れられ、家畜の繁殖に関する技術研究は体細胞クローンヒツジのドリーに代表されるように生命工学の最先端となった。近い将来、特に家畜繁殖学の分野では、染色体判別による家畜の雌雄産み分け技術や、遺伝子導入によりヒトに有用な物質を家畜に生産させる技術等が実用化されると思われる。また、これらの過程で生み出される技術を野生動物に応用し、絶滅動物の復活や絶滅危惧動物の増殖を図ることも夢ではないだろう。

これらの繁殖技術により高度に改良された遺伝的能力は、家畜の飼料・栄養管理技術の発展がなければ発揮されなかった。効率的に生産させるために家畜に必要な栄養素とその量が詳細に研究され、その過程で飼料中に含まれる(または添加する)様々な生理活性物質が発見された。中には動物の病気に対する抵抗性を高めたりストレスの緩和を助ける働きのある物質も存在し、分子生物学的手法によりその体内での働きが遺伝子レベルで解析され始めている。高等哺乳類である家畜に有用な物質はヒトにも有用である可能性があり、動物栄養学と畜産物科学の進展によって近い将来、「ヒトへの機能性食品の開発」という点で食品科学や予防医学との連携がますます活発化すると思われる。

一方、家畜を飼育する農村環境に目を転じると、近年の農家戸数の減少と高齢化により農村地域では耕作されない農地が増加しており、イノシシやサル等の野生動物による農作物被害が深刻化している。畜産学の知識はこれらの被害対策にも役立てられ始めた。動物の行動特性を理解し、その制御に役立てる手法は畜産学の中でも家畜行動学や家畜管理学の分野で古くから確立されており、家畜を放し飼いにするための安価な柵の設計や製品化に役立てられてきた。これらの手法を応用し、野生動物の行動特性に合わせた農作物被害防止柵の開発が行われている。これらの領域は繁殖技術の野生動物保全への応用とともに、ヒトと野生動物の共存に向けた軋轢を解消するための環境科学との学際領域として発展するであろう

畜産業の近代化は経済効率優先によって畜産農家の大規模・集約化を推し進めたが、それは家畜を単調な建物内で高密度に飼育することを意味した。これらの飼育形態は家畜にストレスの多い生活を強いているのではないかという反省から、「家畜福祉」という考え方が畜産学において出現し、家畜福祉にかなう飼育環境を検討するためのストレス指標が生理学的、行動学的側面から研究された。同時に、得られた指標を用いて様々な飼育環境が評価され始めている。これらの結果は間もなくわが国初の「家畜福祉の基準」として取りまとめられるが、これら家畜における研究手法は同時に動物園や水族館など、物質生産以外の目的で飼われている動物達の福祉性の評価と飼育方法の改善にも役立てられていくだろう。

この様に、畜産学では研究対象とする動物や研究のフィールドが幅広く、今後もますます深化・学際化が進むであろう。同時に、家畜の糞尿による環境汚染の問題など、現在の畜産業には解決しなければならない課題が多いことも事実である。若い皆さんに是非とも畜産学でフロンテイアを開拓してもらいたい。

畜産学では何を学ぶか

前述の通り、非常に広範囲に広がる畜産学(動物生産学)分野では、それぞれの大学や学部、学科におけるカリキュラム構成は様々である。ここではごく一般的なカリキュラムとして茨城大学の例を紹介する。茨城大学での畜産学分野の教育は生物生産科学科における動物生産科学コースとして位置づけられている。

まず学科共通科目として生化学、生態学、遺伝学、統計学等、これから動物生産学を学ぶために必要な基礎を2年次の前期に学ぶ。次いで2年次の後期以降に以下の専門科目を履修する。 

  1. 形態機能(解剖)学:動物の体の基本構造とその機能を学ぶ。この授業は解剖実習を伴い、臓器の配置を観察するとともに顕微鏡による組 織観察も行う。
  2. 家畜生理学:動物の恒常性(ホメオスタシス)と行動を支配しているホルモンや神経の働きについて学ぶ。
  3. 動物栄養学:各種栄養分の動物体内における消化、吸収、代謝の様式について学ぶとともに、各 種ビタミン類の体内における働きを学ぶ。
  4. 動物行動学:各種動物の行動の原理、発現機構ならびにその機能を学ぶ。
  5. 動物育種学:家畜の品種について学ぶと共に、品種作出の歴史とその方法について学ぶ。
  6. 動物繁殖学:各種動物の繁殖生理と生殖細胞について学ぶ。人工授精や受精卵移植も含まれる。
  7. 飼料学:動物の飼料について、その種類や栄養的特徴、加工法などを学ぶとともに、養分要求量の計算法について学ぶ。
  8. 飼育管理学:各種動物の飼育方法について、主に飼育環境の制御の観点から学ぶ。
  9. 動物衛生学:特に動物の伝染病について学ぶ。
  10. 動物福祉学:動物のストレス評価法やストレス軽減に向けた飼育方法について学ぶ。
  11. 畜産物科学:乳、肉、卵といった畜産食品の物性や栄養的価値、さらに加工法について学ぶ。


これら専門科目に加えて、農場実習において畜産農家が実際に行っている日常作業を体験することで専門科目への理解を深める。また茨城大の動物生産学コースでは家畜人工授精師の資格取得が可能であり、上記の専門科目に加えていくつかの関連科目が用意されている。大学によっては畜産学分野とはいえ取得できない場合もあるので、資格が欲しい場合には受験前に確認しておく必要がある。

卒業後の進路

より高度な専門職業人に対するニーズの高まりから、近年では約3割の学生が大学院に進学している。卒業後の進路としては農業・畜産職の公務員、牧場や動物園といった動物飼育現場、食品製造や食品流通業、製薬会社や飼料会社等が主である。まれにイヌの調教師を目指してトレーナーに弟子入りしたり、海外青年協力隊に行く者もある。

畜産学を目指す人へ

これまで見てきたように畜産学の研究対象となるフールドは多岐にわたる。従って高校までで学んで欲しい教科は多いが、中でも生物学と化学はやはり必須である。高校で履修できなかった場合でも、多くの大学では専門教育への接続として生物学や化学の基礎を用意しているので安心して欲しい。それよりも高校と大学の教育で大きく異なる点は卒業研究にある。未知の分野に向かって自らが情報を収集し、実験・観察を行い、結果の意味を論理的に記述するためには、論文講読のための英語力に加えて読解力や文章表現力といったいわゆる国語の力も必要になる。小説でも解説記事でも何でもよい。とにかく日本語や英語で書かれた長文に日常的に慣れ親しんでおいて欲しい。そして旺盛な好奇心と問題解決に向けた使命感を胸に、是非とも畜産学の門をたたいて欲しい。

畜産学の現在と境界領域図