研究紹介

私たちの研究はこんなところに役に立つかもしれません

鈴木 貴弘(九州大学)CV
2024年4月

本コラムをお読みの皆さんは、畜産学への興味をお持ちの方が多くいらっしゃるかと存じます。これからお読みいただく内容は、少し畜産学からはかけ離れた内容に感じるかもしれませんが、お付き合いいただけますと幸いです。

私は、骨格筋の組織特異的な幹細胞である「衛星細胞」に着目した基礎的な研究を進めています。衛星細胞を簡単に説明すると、動物の生体内で筋細胞(筋線維)を作りそして大きくする細胞になります。骨格筋は食肉の原料となりますから、衛星細胞の機能や特徴を調べ理解することで筋量増大すなわち食肉生産能力が高い家畜・家禽の作出技術開発へとつながることを期待できます。よって、本細胞に関する研究は、どのようにすれば衛星細胞が効率的に筋を形成するのか、というところに重きを置いたものが多いです。しかし私は、『衛星細胞が作り上げる骨格筋の特性を衛星細胞自身がコントロールする』という別の機能も備わっているのではないかと考えています。

骨格筋の特性の指標として「筋線維型」がありまして、遅筋や速筋で大別されます。皆さんはスポーツをする際に、「ずっと動いているわ!この筋肉!まぁ、私ったら知らず知らずに遅筋を使っていたのね...」だとか、「スピーディーかつ大きな力の頼もしい筋肉...まさか私の速筋だったの!?すっごーい!」だと日々感じられていることと存じます。いやいや…そこまで認識できないでしょ…と一歩引いちゃったそこのあなたも、「体の動きのパターンで使う筋肉って違うものねぇ」ということは想像に易いかと存じます。興味深いことに、食肉科学における筋線維型とは、食肉の品質(味、テクスチャー、風味など)に直結する重要な要素となることが学術的に報告されています。ですから、筋線維型を制御する仕組みがわかれば、消費者のニーズを反映した品質の食肉生産システムを作り上げることができます。私は、この筋線維型の制御に衛星細胞が一役買っていると考えています。

過去の知見を読み解くと、筋線維型の主な制御を司るものは、筋線維に接着している運動神経とされています。つまり、遅筋タイプや速筋タイプの運動神経があり、それらの刺激に準じて筋線維型が決まるという考えです。たしかに、運動トレーニングをする際に骨格筋へ負荷の掛け方で、遅筋または速筋を選択的に鍛えることができますよね。ですが、これから衛星細胞が筋線維を新たに作るよという段階で、運動神経はどうやって介入するのでしょうか?筋線維ができてもいないのに、神経の接着はできませんよね。加えて、筋側は自発的に運動のできる組織のくせに神経の命令にばっかり従ってくやしくはないものかと…後半はサイエンスとはかけ離れたものですが、いろいろな不明瞭な点に対する疑問が私の中で芽生えました。

そこで、ラボラトリーアニマルであるラットやマウスを用いて、遅筋型筋線維を豊富に含むヒラメ筋という骨格筋、または速筋型筋線維優勢な長趾伸筋のそれぞれから衛星細胞を単離して、他の細胞が極力混在しない人工的な条件下で培養をし、新生筋線維(筋管)の形成を試みました。すると、ヒラメ筋(つまりは遅筋ですね)を由来とする衛星細胞は遅筋型の筋管を、反対に長趾伸筋(速筋)から単離した衛星細胞は速筋型筋管を、自力で形成するではありませんか!自身が局在していた骨格筋の筋線維型と同じ筋管を形成するということは、まるで「蛙の子は蛙」ということわざを細胞レベルで再現しているようなものです(褒め言葉としてここでは捉えてください)。つまり、衛星細胞自身は運動神経から独立して筋線維型を決定できる能力を持っていることが明らかとなりました。私たちの研究グループでは、この衛星細胞の新機能を『自律的な筋線維型制御』と名付けています。本現象については、他の研究グループからの報告とも合致するため、衛星細胞が筋を作りあげるだけではなく、マルチな機能を持った細胞であることが同時に示されたことになります。

幸い、私達の研究グループでは、各筋線維型の筋管を形成するために、衛星細胞が合成する細胞外タンパク質も見つけ出すことに成功しました。具体的には、遅筋化の誘導にはセマフォリン3Aというタンパク質、速筋化にはネトリン-1というタンパク質が、それぞれの衛星細胞から多量に合成されます。これらのタンパク質が衛星細胞の細胞膜に存在する受容体と結合し、細胞内へシグナルが伝わって遅筋型または速筋型の筋管を作り上げるのだと予想しています。現在は、この予想モデルに登場する受容体がどのタンパク質であるのか、また細胞内シグナル分子はどのようなものが関わるのかという点に着目した研究を進めています。

将来的な目標は、セマフォリン3Aやネトリン-1の代替的な物質を探し出し、受容体を介したシグナルを人工的に誘発することです。仮にその物質が可食成分であったとしたら、筋形成が活発な成長期の家畜や家禽用飼料に配合して摂取させるだけで、筋線維型つまりは肉質をコントロールすることが可能となることを期待しています。また、最近注目されている培養肉の生産プロセスにおいても、培養液に上述の代替物質を含有させることで品質をコントロールできるのではないかと予想しています。食べたお肉の当たり外れに左右されない、そんな素敵な未来があなたを待っているかもしれません。な〜んて格好をつけましたが、せっかくいただくのであれば美味しいに越したことはありませんよね。ですから、ここに記載させていただいた目標が、私のモチベーションとなっていることは間違いありません。

初めに申し上げましたが、私たちは「衛星細胞」をターゲットとした基礎研究を中心に取り組んでいます。その成果を、どうアウトプットとして考えるのかは自由でありとても楽しいものです。学生さんとディスカッションする際は、「私たちの研究はこんなところにも役に立つかもしれませんよ」と夢を語り合います。写真は、可愛い可愛い衛星細胞たちが、筋線維から飛び出してにぎやかに走り回っている様子を捉えた顕微鏡写真です。私のオンライン会議用アプリの背景画像としても使っています。その際は、筋線維が私の頭から生えているような構図になるのが、なぜか個人的には気に入っています。

以上、お付き合いくださりありがとうございました。

*本コラムに関連する私たちの発表論文リストです。ご参考までに。
1. Comparative analysis of semaphorin 3A in soleus and EDL muscle satellite cells in vitro toward understanding its role in modulating myogenin expression (https://doi.org/10.1016/j.biocel.2012.10.003)

2. Slow-Myofiber Commitment by Semaphorin 3A Secreted from Myogenic Stem Cells (https://doi.org/10.1002/stem.2639)

3. Abundant Synthesis of Netrin-1 in Satellite Cell-Derived Myoblasts Isolated from EDL Rather Than Soleus Muscle Regulates Fast-Type Myotube Formation (https://doi.org/10.3390/ijms22094499)

4. Netrin-4 synthesized in satellite cell-derived myoblasts stimulates autonomous fusion (https://doi.org/10.1016/j.yexcr.2023.113698)


筋線維から遊走する衛星細胞たちを顕微鏡で観察した写真

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