研究紹介

ウシの胃の研究

鈴木 裕(北海道大学)CV
2023年11月

こんにちは、北海道大学農学部の鈴木です。私はウシの消化管に関する研究を行っています。いま主に行っているのは、「ウシの胃はどのようにしてできるのか?」というテーマです。

現在の生産体系では、ウシは小さい時からエネルギー量の高い穀物(すなわちデンプン)を多給して効率的に育成します。乳牛では年間10,000Lを超えるミルク、肉牛では筋肉の3割以上にサシが入った霜降り肉を作るために、成牛になってからも非常に多くの穀物を与えます。生産物を見ると優れた飼育方法なのですが、環境負荷など様々な問題が起きていることはご周知のとおりです。

私の研究の出口はこのような分野で、昨今の状況を鑑みると急いで取り組むべき課題です。一方で、個人的な興味としてはもう少し基礎的なところにあります。本来、ウシは草食動物であり、ヒトがほとんど利用できない植物性繊維を主要なエネルギー源として利用できます。これはウシの特殊な胃袋と、そこに共生する微生物の働きによって可能となっています。皆さん、ウシの胃袋を見たことはありますか?いまでは比較的珍しいものでもなくなってきたかもしれません。第一胃=ミノ、第二胃=ハチノス、第三胃=センマイ、第四胃=ギアラですね。焼肉のミノは綺麗にトリミングされていますが、第一胃から第三胃はとても特徴的なかたちをしています。ウシの栄養獲得において第一胃は特に重要です。第一胃から吸収されるエネルギーが、生体維持に必要な量の最大7割程度をまかなっています。

このように特徴的なウシの胃袋は、実はウシが生まれた時にはほとんど出来上がっていません。母乳を飲んでいる子牛の第一胃はとても小さく、ヒトと同じようにミルクに含まれる糖、脂質、タンパク質を栄養源としています。ですが、ひとたび牧草や固形飼料を食べ始めると第一胃は急速に大きくなりはじめ(3L程度だったのが成牛では100L以上!)、共生微生物を大量にストックして、繊維を分解・吸収できるようになります。また、共生微生物がそのままウシのタンパク源にもなります。ヒトやマウスのような単胃動物では、体内にここまでダイナミックな変化は起こらないのではないでしょうか。

このとき第一胃で何が起きているのか調べようというのが私の研究です。動物組織の遺伝子発現変化も重要ですし、共生微生物の構成や代謝変化も関わる複雑な現象です。第一胃の発達は数十年前から研究者が取り組んできたテーマで、牧草などのエサが胃壁を物理的に刺激したり、共生微生物がつくる短鎖脂肪酸が発達のトリガーとなることはわかっていました。しかし、これらがどのような分子・経路を通じて組織発達を促すのか、その機序の詳細はわかっていませんでした。現在、次世代シーケンサーを中心に網羅的な解析技術がとても進歩しており、いまこそこの謎を解き明かせる時なのではないかと思われます。私たちもこれまでに、特定の成長因子や転写因子といった候補分子を発見したり、成長中の第一胃に特徴的な細胞増殖機構を見出してきました。テーマそのものは少々マニアックかもしれませんが、ウシの胃は宿主や微生物、それらを媒介する様々な分子が絡み合う小宇宙のような研究対象です。

今はまだまだ基礎研究ですが、ウシの栄養獲得の根幹となる機構なので、いずれ食糧・環境問題の解決に役立てる発見ができればと思っています。その他にも、もう少し現場応用に近い消化管免疫や栄養代謝に関連する研究も行っています。ウシのお腹の中のヒミツあなたも覗いてみませんか?

元気な子牛。これから胃袋も大きくなります。

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