研究紹介

動物の時間研究

大塚 剛司(岐阜大学)CV
2020年1月

みなさん、時間って知っていますか?「当たり前じゃん!60分で1時間とか1日24時間とか1年365日とかだろ?」そうです、太古の昔から地球の公転周期や自転周期に合わせて、絶えず刻み続ける最も身近なものの一つです。ヒトの場合、時間を知るには時計やカレンダーをみれば、今現在いつ何時なのか分かり、それに合わせて生活することができます。じゃあ時計やカレンダーがまだ発明されていない時代の人々や時計を理解できない動物や植物はどうでしょうか?時計やカレンダーが無いために時間がわからず、好き勝手に昼夜問わず寝て起きて食べて、真冬に花を咲かせ、真夏に暖かい毛を生やし、天敵に見つかりやすい真っ昼間に行動するでしょうか?

実は地球上に住むほぼ全ての生物は身体の中に時計を持っており、その時計に合わせて活動します。『体内時計』と呼ばれるものです。特に動物達の体内時計の中枢は脳の『視交叉上核』という部分に存在し、ここが時計の司令塔となって働くことで、適切な時間に寝て起きて食べて、適切な季節に活動を行うことができるのです。「へぇ、じゃあ体内時計ってかなり精度の高い正確な時計なんだなぁ」実はそこまで正確でもありません(笑)。動物種によって異なりますが、1日で数十分くらいずれています(ですので概日リズムとも呼ばれます)。このずれは実は太陽の光により毎日リセットされています。光は網膜で受容し、その情報は視神経を通って視交叉上核に伝わります。すると視交叉上核の時計がリセットされ、ずれが修正されることで約24時間の概日リズムを刻むことができます。太陽の光は約24時間周期の情報だけではなく、季節の情報ももたらしてくれます。動物達は気候変動に左右されない日の長さ(日長)から季節を読み取り、各季節に合った活動を行うことができるのです。

この体内時計の研究が私のメインテーマになっています。体内時計の研究は、24時間周期を生み出す時計遺伝子が1980年代に同定されてから、飛躍的に進歩してきました。2017年のノーベル医学生理学賞が、時計遺伝子を最初に同定した方々であったことからもわかるように、その注目度はかなり高まっています。時計遺伝子は全身のほとんどの細胞に存在し、様々な器官の生理機能をコントロールしていることが知られています。そのため、体内時計が乱れると身体がうまく機能しなくなり、病気になったり生命活動をうまく行えなくなったりします。ヒトの医学分野では広く認知されてきており、体内時計に沿った最も効率の良い投薬のタイミングや様々な栄養素の摂取するべき適切な時間および季節の検討、人工光照射による体内時計のリセット、様々な睡眠障害のメカニズム解明などが盛んに取り組まれています。

さて、ここまで畜産という言葉が全く出てこなかったわけですが(笑)、別に畜産学の研究を行なっていないわけではありません。私は畜産の生産現場にもこの体内時計の仕組みを応用することができるのではないかと考えています。そのため、2018年から岐阜大学に籍を移し、『黒毛和種繁殖牛の体内時計を用いた新しい飼養管理技術の開発』に取り組んでいます。これまでの肉用牛の飼養管理において、飼料の栄養成分や給与量についてはよく管理されていますが、給餌の季節タイミングや1日の給餌回数に関しては各農家さんで異なり、牛の体内時計は考慮されていません。また、発情や出産のタイミングは基本的に牛任せであり、夜間や早朝に起こることも多いため、管理がなかなか難しいことが挙げられます。そして、牛の飼育環境は畜産業を営むのに都合が良い設計になっていることが多く、牛が適切な体内時計を刻める環境かはわかりません。私は肉用牛の飼養管理はまだまだ改善の余地があると思っています。そこで私は牛の時計遺伝子を指標として、体内時計に沿った適切な給餌タイミングおよび時間の設定や発情分娩時間のコントロール、牛の心身の健康管理といった新たな飼養管理技術を開発しようと思っています。

岐阜県は飛騨牛という全国的にも有名でおいしいお肉が生産されています。しかし、これは全国どこも同じかもしれませんが、仔牛価格の高騰や高齢化、担い手不足から飛騨牛の生産量は減少傾向にあるため、素牛の生産量をあげることは喫緊の課題です。『体内時計』はまだまだ新しい分野ですが、うまく活用することができれば今後の肉用牛生産に貢献できるかもしれません。まぁともかく、“Time will tell”でしょう。

2019年に岐阜大学美濃加茂農場に新設された大規模経営牛舎(通称BTセンター)

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