研究紹介

こんなところにも研究者がいます

難波陽介(一般社団法人家畜改良事業団 家畜改良技術研究所)
2018年7月

皆さん、家畜改良事業団ってご存知ですか?
1.いえ、知りません。
2.名前だけなら・・・。
3.牛の凍結精液とか凍結胚とかを作っているところでしたっけ?
4.あー、あの福島県の白河にある・・・。
5.優良種畜の効率的な作出利用による家畜の改良の促進を図るとともに、 家畜の個体識別の推進を図り、もって畜産の振興に・・・(中略)・・・をしている一般社団法人ですよね?

大部分の方は1と2だと思います。学生さんで3の方はすばらしいですね。でも、やっていることはそれだけではないのです。ちょっと気をつけていただきたいのが4の方。よく間違われるのですが、4は独立行政法人家畜改良センターで、一般社団法人家畜改良事業団とは別の組織です。5の方は、えっと、内部者か畜産関係団体マニアの方ですか?

当事業団は、都道府県や(独)農畜産業振興機構、その他畜産関係法人などを出資会員として、家畜の改良を促進するために優良な種畜(種オス)をつくって利用することを目的として設立された団体です。家畜改良(または家畜育種)の目的は具体的に、乳用種であれば乳量や乳質などの向上、肉用種であれば産肉量や肉質などの向上が挙げられます。これらを遺伝的に改良していくことが、当事業団の、ひいては我が国の大きな目標となっています。

さて、「遺伝的に改良する」ということは、子孫の能力を高めるということです。親よりも子、子よりも孫の能力を高めることが目標です。つまり、遺伝的な改良には必ず繁殖が伴うことになります。

家畜の改良に繁殖が重要であることを考えると、なぜ優良な種オスをつくるのかが見えてきます。一般的に哺乳類のオスは精子をつくり、ウシであれば一度に100億近い精子を含む精液を射精します。ただ、受精が成立するために100億すべてが必要なわけではなく、そのごく一部で事足ります。最終的には通常たった1の精子が受精します。そのため、精液を希釈するなどして、受精に十分な量ごとに分けて保存すれば、優良な遺伝子を持った精子を多く受精させられ、効率よくメスを受胎させることができます。このような考えのもと、精液の凍結保存技術や、畜産現場で利用しやすい人工授精技術が発達してきました。人工授精技術の普及により優良な遺伝子を効率よく次世代に伝えられるようになり、我が国ではウシの繁殖がほぼ100%人工授精により実施されています。

これらのことを背景に、当事業団では遺伝的能力を明らかにした優良なオス牛(種雄牛)から精液を採取し、凍結精液を生産して全国の農家に(有償で)配布しています。農家が優良な遺伝子を持つ精液を用いることで、我が国牛群の遺伝的改良が着実に進んでいます。その他、当事業団では畜産振興に関わる様々な業務に携わっていますが、ここでは割愛します。

たいへんに前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。私は家畜改良技術研究所というところに務めています。当研究所は、当事業団の数ある部署の内の1つで、家畜の繁殖や育種に関わる検査や研究をしています。私はここで家畜の繁殖に関する研究を担当しています。当事業団では多くの種雄牛を飼育していますので、現在は雄ウシの繁殖、特に精子・精巣に焦点をあてて研究しています。

私たちの雄ウシを用いた繁殖研究の目標には、大きく分けて「精液の生産性向上」と「人工授精による受胎性向上」の2つがあります。人工授精技術は、これまで家畜の繁殖育種に大きく貢献してきましたが、まだまだ改善の余地があります。ウシの人工授精には一般的に凍結精液が用いられます。しかし、例えば、中には凍結保存の過程でほとんど運動しなくなる精子や運動はするのに受精しにくい精子があるなど、様々な問題があります。これらのことがなぜ起こるのかを解明し、どのように解決するかの答えを導き出すことが、目標を達成するために必要だと考え研究しています。

ところでいったい、私たちの研究と大学などの研究とは何が違うのでしょうか。違いは一見曖昧で、研究の過程で用いる実験手法だとか実験機材はほとんど同じ場合があります。しかし、全く異なるのは思考のプロセスです。畜産学を専攻する大学などの研究者らが(いつか畜産現場の何かに役立たせることを念頭にしているとは言え)生命、特に家畜の持つ様々な現象の真理を追究するために科学し、その副次的に技術を生み出しているとすれば、私たちは、その技術を意図的に生み出すために科学する研究者です。どちらも幅広い知識、常識を超えた発想力、ものごとを体系づける力が必要なことは言うまでもありません。

少し話が逸れましたが、大学や国の研究機関だけでなく、こんなところにも研究者がいます。これから少しずつ情報を発信していきますので、皆さんに認知して頂ければ幸いです。

家畜改良技術研究所の外観

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