研究紹介

研究紹介

松浦 晶央(北里大学)

人は動物から食料、衣料、および労働力などを得てきました。特に今後ますます、われわれは動物から効率よく食べ物を得る方法を追究する必要があります。その一方で、動物を人の健康に積極的に活用する試みが近年盛んになってきました。健康な生活はわれわれにとって最も大切なもののひとつであり、これに動物を活用する「動物介在活動」や「動物介在療法」に注目が集まるのは、むしろ自然であるといえます。私は、生きた動物を人の健康に活用するための研究をしています。動物から食料、衣料、および労働力などを得るための研究の重要性はいうまでもありませんが、この分野の研究もAnimal Scienceの重要な一分野であると確信しています。なぜなら、この分野では動物をじっくり観察すること、そして動物を上手に取り扱う技術を身につけることが重要となるからです。人は、長い歴史の中で家畜と生活をともにし、家畜を上手に利用する方法を発展させてきました。その技術を応用して、今度は人の健康のため、動物を有効に活用することができるはずです。

馬は人を乗せることができる大きさをもち、人の感情をある程度理解でき、家畜としての歴史が長い点などから、「動物介在活動」や「動物介在療法」に適した動物種であると考えられます。乗馬の形態にはさまざまなものがありますが、馬に乗って野山を散策するホーストレッキングが日本でも注目されるようになってきており、そのニーズは確実に拡大してきています。競争でも競技でもなく、楽しみやリフレッシュを目的とするものであり、欧米では古くからレジャーの一形態として広く認識されていました。一般にホーストレッキングでは、騎乗者は先導馬に乗ったガイドの後について縦一列になって馬を歩かせたり走らせたりします。そのコースや騎乗時間、あるいは使用するウマの体格や品種はさまざまであり、騎乗者に合わせてデザインされます。そのため、ホーストレッキングは騎乗者の年齢や性別、もしくは騎乗技術に関係なく楽しむことができるスポーツです。例えば、激しい馬の動きに対応するのが困難な身体障害者や初心者、あるいは力の弱い子どもは常歩騎乗をすることとなりますが、狭い馬場内で常歩をし続ければやはり退屈することもあります。しかし、野花を眺めたり起伏に富むコースを歩けば、常歩でさえも十分に楽しめます。あるいは普段、高い障害をジャンプすることに神経をすり減らしている上級者にとって、騎乗姿勢なども気にせずに野山を思い切りウマで疾走できれば、これ以上爽快な気分はないでしょう。

私の研究室では、ホーストレッキングが騎乗者に及ぼす好影響について研究を行い、興味深い結果を得ましたのでここで紹介します。19歳から25歳の乗馬初心者26名を対象として30分間の常歩・曳き馬によるホーストレッキングを実施し、騎乗者の自律神経に及ぼす影響を心電図RR間隔変動解析により調べたところ、副交感神経活動が乗馬前に比べてトレッキング2時間後に約2倍に増大していたのです(Anthrozoös 24: 65-77)。自律神経系は自分の意志では調節できない神経系で、大きく交感神経系と副交感神経系に分類されます。交感神経系は闘争・逃走のシステムと呼ばれ、全身を緊張させた状態にさせます。一方の副交感神経系は休息と食事のシステムと呼ばれ、身体が安静な状態になるときに活動します。ホーストレッキング後に副交感神経活動が増大したことは、全身がゆったりと落ち着いたことを示しています。

スピード・効率重視の現在の世の中で日常的にストレスにさらされているわれわれ現代人の自律神経系のバランスは、しばしば交感神経優位にシフトしています。ホーストレッキング運動によって自律神経系のバランスを少しずつでも副交感神経優位に戻すことができるならば、重大な疾病の予防・緩和にもつながる可能性があります。受動的な運動の中で能動的な動作を常時要求される乗馬運動は、自らの意志のみで身体を動かす歩行や体操などといった運動と異なった要素を持つと考えられます。効果のメカニズムに関しては依然として不明な点が多いのですが、乗馬運動は確かに独特の生理学的効果をもつことが明らかとなりました。この分野の研究をAnimal Scienceの研究者がやらなければ、誰がやるのでしょう?

遠い昔の筆者

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