研究紹介

業績の解説

中村 隼明(基礎生物学研究所)CV

はじめに

生殖細胞は次世代に遺伝情報を伝達することができる唯一の細胞系譜である。この特性のため、生殖細胞に操作を加えることにより、次世代の個体を操作しようという研究、いわゆる発生工学研究と呼ばれる学問が誕生した。それでは、生殖細胞にどのような操作を加えるのか?たとえば、生殖細胞を液体窒素中で凍結保存したり、生殖細胞に外来遺伝子を導入するといったことをします。発生工学研究では、これらの操作を通して、最終的には遺伝子の機能を解析、遺伝資源の細胞レベルによる保存、家畜を利用した有用物質の生産、効率的な動物生産、病気の治療といったゴールを目指します。発生工学研究の分野では、動物の種類によって、操作できる生殖細胞が異なり、操作した生殖細胞から個体に戻す方法も様々です。今回のエッセイでは、筆者が対象としている哺乳類(主にマウス)および鳥類(主にニワトリ)における発生工学研究について、筆者の研究成果を交えて紹介させて戴く。今回も、文面が長いが最後までお付き合い願いたい。

哺乳類における発生工学研究

哺乳類の発生工学研究分野では、人工授精(=人為的に精液を生殖器に注入する技術)と胚移植(=体外受精で得た胚を母体に戻す技術)の2つの技術を根幹としているといえる。以下に、これら2つの技術が開発された背景と、これらの技術の開発によって二次的に生み出された技術について紹介する。

人工授精は、元々家畜の繁殖を人為的にコントロールすることを目的として開発され、現存する発生工学技術の中で最も歴史が深く、今なお家畜の改良・増殖の最前線で活躍している技術である。その取り組みは、1780年にイタリアのSpallanzaniによるイヌにおける成功に始まり、第一次世界大戦後には産業的に実用化された。1952年にイギリスのPolgeとRowsonによってグリセリンの耐凍性が発見され、精液の凍結保存が実現した。精液の凍結保存技術と液体窒素による輸送技術は、家畜生産の現場に人工授精の普及をもたらし、今日では乳牛の99%、肉牛の95%が人工授精によって生産されている。精液の凍結技術が開発される以前は、精液の輸送に家禽である伝書鳩が活躍していたというのだから驚きである。これぞ、究極の畜産ではないだろうか。

胚移植は、動物から受精卵を取り出して、同種の他の個体の卵管あるいは子宮内に移植して妊娠、分娩させる技術であり、家畜の雄側のみならず雌側からも改良を進める目的で開発された。1890年にイギリスのHeapeがウサギにおける成功例を最初に報告した。胚移植法の開発は、次に続くべき数多くの技術的なブレイクスルーを内包していた。例えば、体外受精法(=成熟卵子と精子を取り出して、シャーレ内で受精させる方法)や顕微授精法(=成熟受精卵内に微細ガラス針を用いて精子を注入する方法)、卵や胚の凍結保存法が開発され、家畜や実験動物の細胞レベルでの遺伝資源の保存のみならず、ヒトにおける不妊治療の現場に至るまで広く用いられている。また、受精卵の前核に微細ガラス針を用いて外来遺伝子を注入する方法が開発され、外来遺伝子が導入された(トランスジェニック)動物の作出が可能になった。1997年にイギリスのWilmutとCampbellによって、シャーレ内で培養して飢餓状態にした体細胞を、あらかじめ核を除去した未受精卵内に注入し、細胞融合する方法によって、哺乳類で初めて体細胞クローン(=ドナーとなった体細胞と同じ遺伝情報を持つ個体)羊「ドリー」の作出が報告された。体細胞クローン技術の開発によって、シャーレ内で遺伝情報を改変した体細胞(例えば、標的遺伝子の破壊や過剰発現など)から遺伝情報が改変された動物の作出が可能になった。現在、体細胞クローン技術は、低効率ながらも様々な家畜において確立されており、家畜における遺伝子改変の手法として利用されているマウスでは、胚性幹細胞(=ES細胞)や人工多能性細胞(=iPS細胞)と呼ばれる、生殖細胞を含む体を構成するすべての細胞に分化することができる細胞株が樹立された。マウスや家畜では、胚盤胞より取り出した内部細胞塊(=将来体になる領域で、ES細胞はこの領域の細胞から樹立された)の細胞を、微細ガラス針を用いて同種の他の胚盤胞の割腔内に注入することにより、キメラ個体(=同一個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混在する状態であり、雑種とは異なる)を作出することができる。たとえば、黒い毛色を持つマウスの胚盤胞の細胞(ドナー)を、白い毛色のマウスの胚盤胞(宿主)の割腔内に注入した場合、胚移植後に得られるキメラマウスの見た目(表現型)は、黒色の毛(ドナー細胞に由来する)と白色の毛(宿主細胞に由来する)が班模様に混在するのみならず、それぞれの細胞に由来する2種類の純粋な子孫(黒い毛色のマウスと白い毛色のマウス)が得られる。内部細胞塊の代わりに、ES細胞やiPS細胞を注入することによって、同様にキメラマウスを作出することが可能である。このため、マウスでは、シャーレ内で多能性幹細胞の遺伝情報を改変し、キメラを経て遺伝情報を改変した個体を得る方法が主流になっている。

哺乳類の生殖工学的手法を簡単に紹介するつもりであったが、文章にしてみると予想以上に長くなってしまった。しかし、このことは哺乳類における発生工学研究のツールが非常に充実していることを表している。そのため、研究者は、おのおのの研究目的に応じて、最適な手法を選択する必要がある。さて、筆者はというと、上記では紹介していない精細管内移植と呼ばれる方法を用いて研究を進めている。哺乳類のオスでは、繁殖期を通じて大量の精子が作られ続ける。これは、自己複製によって自らを維持しつつ、継続して分化細胞を供給する精子形成幹細胞によって支えられていると考えられていた。1994年にアメリカのBrinsterらは、正常なマウスの精巣をばらばらにして、微細ガラス針を用いて精子形成不全マウス精巣の精細管内に移植すると、ドナー由来の精子形成が生じ、正常な子孫が得られることを報告した。この研究成果によって、精子形成幹細胞の存在が実験的に証明された。また、ドナーマウスの精巣細胞を凍結保存し、融解後に移植しても精子形成が生じることが示された。このことは、精子形成幹細胞の凍結保存が可能であることを実証し、凍結精液とは異なり、雄の生殖能を無限に保存できることを意味する。また、マウスの精巣から精子形成幹細胞を取り出して、シャーレ内で長期的に増殖させる方法が開発された。これらのことから、現在、精子形成幹細胞は、幹細胞研究の”Hot topics”の一つとなっているのみならず、遺伝資源の保存や遺伝子改変動物の作出といった応用を志向した研究の対象としても注目されている。しかし、精細管内移植後に精子形成幹細胞として振舞う細胞の正体は未だ明らかになっていない、2)精細管内移植法による精子形成幹細胞の移植効率は1/3000個以下と非常に低い、といった問題があり、これが実用化を阻んでいる。筆者は、1)と2)を解決するために現在進行形で研究を進めており、残念ながら研究成果について紹介できるに至っていない。これまで、家畜において凍結保存がおこなわれてきた精液(精子)は、オスの体内で成熟した段階にあり、その採取は性成熟したオスに限られる。一方で、精子形成幹細胞は、生後のいかなる時期の精巣中にも存在する。例えば、従来は子孫を残せなかった幼弱な家畜や屠体からも、精細管内移植を利用して授精可能な精子を作り得ることから、精子形成幹細胞は潜在的な有用性が高いと考えられる。また、精子形成の幹細胞システムは、哺乳類のみならず羊膜類(=胚の時期に羊膜を持つものの総称であり、は虫類、鳥類、ほ乳類が含まれる)に共通している。このため、羊膜類の雄では、マウス同様に精子形成幹細胞の培養や凍結保存、移植ができる可能性を秘めており、これまで精液の凍結保存が確立されていない動物種では新たな遺伝資源の保存法の確立に資することが期待される。多様な動物種においてこれらの技術を開発するためには、精子形成幹細胞に関する基礎的な知見の蓄積が必須である。筆者が、研究対象としてマウスを選んだ理由の一つは、この目的を達成するために最適な動物種であると考えているためである。

鳥類における発生工学研究

上記で紹介したように、哺乳類では配偶子や胚を凍結保存することができる。しかし、鳥類の卵・胚は非常に巨大で脂質に富むことから、現在の技術では凍結保存することができない。また、精液の凍結保存はニワトリやカモ、シチメンチョウ等の家禽において可能になっているものの、遺伝資源の保存では雄性遺伝資源の保存のみでは不完全である。そこで、鳥類では配偶子・胚以外の生殖細胞を凍結保存し、その細胞から個体を復元するための方法の開発が強く望まれていた。始原生殖細胞(Primordial Germ Cells = PGCs)は、初期胚において発生・分化する配偶子の前駆細胞である。鳥類PGCsの遊走に関する研究は、主にニワトリを中心に古典的に取り組まれ、胚体外において発生したPGCsが将来の生殖巣へと移動する過程において一過的に血流中を循環することが知られている。この鳥類に特徴的なPGCsの移動様式を利用して、生殖系列キメラを作出する方法がニワトリにおいて開発された。以下に生殖系列キメラニワトリの作出方法を簡単に説明する。

ドナーとなるニワトリ胚の血液中あるいは生殖巣から取り出したPGCsを他のニワトリ胚(宿主)の血液中に移植すると、ドナーPGCsは宿主生殖巣へと移動して生着し、機能的な配偶子へと分化する。つまり、黒い羽色と白い羽色のニワトリをそれぞれドナーと宿主に用いた場合、生殖系列キメラの見た目(表現型)は白い羽色(宿主由来)であるが、生殖巣内においてのみ宿主自身の生殖細胞とドナーPGCs由来の生殖細胞が混在することになる。PGCsを取り出して操作を加えることは、個体を操作することに直結するため、この方法はニワトリにおける生殖工学研究の基盤技術として利用されている。このため、PGCsの凍結保存と移植による生殖系列キメラ作出法は、ニワトリ遺伝資源保存への応用が期待されていた。しかし、1)PGCsの採取と移植に最適な時期が明らかにされていない、2)凍結保存後に移植可能なPGCsの割合とその生着能が明らかにされていない、3)PGCsの採取には貴重な受精卵の損失を伴う、4)生殖系列キメラが産出するドナーPGCs由来の産仔の割合が~数%と低い、5)ニワトリ以外の家禽に応用できるか分からない、といった問題があり、これらがPGCsによる家禽遺伝資源保存の実用化を阻んできた。そこで、筆者は1)~4)を解決し、ニワトリおよびウズラ遺伝資源のPGCsによる保存法の実用化を達成した。

1)近年、ニワトリでもvasa遺伝子等の生殖細胞に特異的な分子マーカーが発見され、信頼性の高いPGCsの解析が可能になっていた。そこで、vasaの発現を利用してPGCsを単一細胞レベルで可視化し、ニワトリPGCsが胚体外から血管内へ移動する過程および血管内から生殖巣へ移動する過程を詳細かつ定量的に解析した。その結果、ニワトリPGCsはHamburger と Hamilton (1951) の発生段階 (st.) 11から血管内へ移動を始めてst.13ではすべて血流中を循環すること、st.15から将来の生殖巣付近への集中が始まって st.17ではほぼ全て集中することが明らかになった (参考文献1)。この結果から、PGCsの採取と移植の適期はそれぞれst.13~14とst.13~16であることが示唆された。

2)先行研究では、超低温保存したニワトリPGCsが機能的な配偶子へ分化することは示されたが、凍結保存後に移植可能なPGCsの割合とその生着能は明らかにされていない。そこで、凍結融解操作がニワトリPGCsの回収率、生存率および移植後の移住能に及ぼす影響を明らかにした。凍結融解後の回収率と生存率から、凍結保存したPGCsの46.5%が移植可能であると推定された。また、凍結融解後のPGCsの生着能は凍結前の約52.8%に低下することが明らかになった (参考文献2).

3)日本鶏等の希少な品種は、飼養規模が小さく、年間産卵数が非常に少ないため、得られる受精卵の数が制約される。そのため、貴重な受精卵を最大限有効活用する保存法を開発する必要があった。そこで、血中からPGCsを分離・凍結保存し、同時に採血した胚自体を温存する方法を開発した。この方法により、国の天然記念物に指定されている岐阜地鶏の保存・復元に成功した (参考文献3)。

4)これまで、様々な方法により宿主胚自身の内在性PGCsの除去が試みられたが、未だ効果的な方法はなく、ドナーPGCs由来の産仔を効率的に得ることができなかった。そこで、PGCsの除去効果が報告されているブスルファンとX線についてそれぞれ投与法と照射法を開発し、内在性PGCsの除去効果を検証した後、ドナーPGCs由来の産仔産出効率が向上するか検討した。どちらの方法でも、濃度依存的に内在性PGCsの数が減少した (参考文献4~6)。特に、ブスルファンを用いた方法では、内在性PGCsがほぼ完全に除去された宿主胚をコンスタントに作出できるようになり、ドナーPGCs由来の産仔を平均99.5%の頻度で得ることに成功した (参考文献7)。

5)ウズラでは、卵のみならず精液の凍結保存が確立されておらず、遺伝資源を細胞レベルで安全に保存するための方法がなかった。そこで、ニワトリにおいて確立したPGCsの凍結保存法と移植による個体復元法をウズラ遺伝資源の保存に応用できるかどうか検討した。液体窒素中にて約6ケ月凍結保存したウズラPGCsを宿主ウズラ胚の血流中へ移植した結果、生殖巣へと移動・生着し、機能的な配偶子に分化することが示された(参考文献8)。

おわりに

今現在も多くの動物遺伝資源は消失の危機に曝されている。遺伝資源は、一度損失した場合、再び取り戻すことができない。そのため、現存する動物から積極的に遺伝資源を収集・凍結保存することが急務である。筆者は、上記の基礎的な研究成果に立脚して家禽遺伝資源の保存に取り組んでいる。これまでに、(独)農研機構 畜産草地研究所と共同研究で農林水産省「農業生物資源ジーンバンク」にてニワトリ15品種ならびにウズラ3系統のPGCsを超低温保存している他、秋田県と共同研究で比内鶏PGCsの超低温保存を実施している(図1)。今後さらに研究を進め、鳥類のみならず、哺乳類や爬虫類の精子形成幹細胞による遺伝資源保存法と復元法の開発や改良、実施に取り組んでいきたいと強く意気込んでいる。

参考文献

  1. 1. Nakamura Y, Yamamoto Y, Usui F, Mushika T, Ono T, Setioko AR, Takeda K, Nirasawa K, Kagami H, Tagami T. Migration and proliferation of primordial germ cells in the early chicken embryo. Poultry Science, 86:2182-2193 (2007)
  2. 2. Nakamura Y, Usui F, Miyahara D, Mori T, Watanabe H, Ono T, Takeda K, Nirasawa K, Kagami H, Tagami T. Viability and functionality of primordial germ cells after freeze-thaw in chickens. The Journal of Poultry Science, 48:57-63 (2011)
  3. 3. Nakamura Y, Usui F, Miyahara D, Mori T, Ono T, Takeda K, Nirasawa K, Kagami H, Tagami T. Efficient system for preservation and regeneration of genetic resources in chicken: concurrent storage of primordial germ cells and live animals from early embryos of a rare indigenous fowl (Gifujidori). Reproduction, Fertility and Development, 22:1237-1246 (2010)
  4. 4. Nakamura Y, Yamamoto Y, Usui F, Atsumi Y, Ito Y, Ono T, Takeda K, Nirasawa K, Kagami H, Tagami T. Increased proportion of donor primordial germ cells in chimeric gonads by sterilisation of recipient embryos using busulfan sustained-release emulsion in chickens. Reproduction, Fertility and Development, 20:900-907 (2008)
  5. 5. Nakamura Y, Usui F, Atsumi Y, Otomo A, Teshima A, Ono T, Takeda K, Nirasawa K, Kagami H, Tagami T. Effects of busulfan sustained-release emulsion on depletion and repopulation of primordial germ cells in early chicken embryos. The Journal of Poultry Science, 46:127-135 (2009)
  6. 6. Nakamura Y, Usui F, Miyahara D, Mori T, Ono T, Kagami H, Takeda K, Nirasawa K, Tagami T. X-irradiation removes endogenous primordial germ cells (PGCs) and increases germline transmission of donor PGCs in chimeric chickens. Journal of Reproduction and Development, 58:432-437 (2012)
  7. 7. Nakamura Y, Usui F, Ono T, Takeda K, Nirasawa K, Kagami H, Tagami T. Germline replacement by transfer of primordial germ cells into partially sterilized embryos in the chicken. Biology of Reproduction, 83:130-137 (2010)
  8. 8. Nakamura Y, Tasai M, Takeda K, Nirasawa K, Tagami T. Production of functional gametes from cryopreserved primordial germ cells of the Japanese quail, Journal of Reproduction and Development, in press

図1. 比内鶏と

サイトポリシー

当サイトは公益社団法人日本畜産学会若手企画委員会のwebサイトです。当サイトの著作権は公益社団法人日本畜産学会若手企画委員会にあります。
サイトの内容を無断で複写・複製することはできません。リンクはフリーです。