研究紹介

私の研究はこんなことに役立っています

井上直子(名古屋大学)

私は、“スンクス”という実験動物を使って、雌の卵巣から卵子が放出される現象である、“排卵”のしくみを研究しています。スンクスは、和名をジャコウネズミといいます。野生のジャコウネズミは、アジア南部の熱帯、亜熱帯地域、日本では九州や沖縄に生息しています。日本やアジアで捕獲された野生のジャコウネズミが1970年代に日本で実験動物化されました。ネズミと名前がついていますが、げっ歯類ではなく食虫類に属する動物です。そのため実験動物として用いる際は、げっ歯類と区別するため、Suncus murinus という学名からスンクスと呼ばれています。

なぜ哺乳類の排卵のしくみを研究するのに、家畜でもなく、ラットやマウスでもなく、スンクスを使うのでしょうか?

家畜、ラットやマウスなどは、雄と交尾しなくても周期的に排卵が繰り返される自然排卵動物です。一方スンクスは、交尾によってのみ排卵する交尾排卵動物です。自然排卵動物では、卵巣から分泌されるエストロジェンというホルモンにより排卵が調節されているため、研究者が動物の排卵をコントロールするには、ホルモンの外的投与により、強制的に排卵させることが必要です。しかしながら交尾排卵動物であるスンクスは、昼夜問わず、雄と交尾させると約16時間後に排卵するため、動物本来の生理状態で排卵をコントロールすることが可能です。また、自然排卵動物のラットでは、明暗周期のない常時明るいところで長期間飼育すると、周期的な排卵が停止し、交尾排卵となることが報告されています。ヒトを含む霊長類でも交尾の刺激により排卵することがあると古くからいわれています。そのため、交尾による排卵誘起は、すべての哺乳類が持っているメカニズムだと考えられています。スンクスを用いて交尾による排卵のしくみを研究することで、家畜を含めたすべての哺乳類に共通する排卵のしくみが解明できるのではないかと期待しています。

現在、家畜のウシでは人工授精による受胎率の低下が、また、ブタでは離乳後の発情が微弱であることが問題となっています。これらの繁殖現象の障害には、さまざまな原因がありますが、そのひとつが排卵の障害であるといわれています。交尾による排卵の神経メカニズムを解明することで、排卵障害を克服できる手段が見つかるかもしれません。

家畜の繁殖率を向上させるためには、家畜を使って研究を行うことが第一の選択枝だと思いますが、さまざまな生命現象を解明するためには、家畜だけでなくモデル動物を使うことが必要です。またそのモデル動物は、ラットやマウスだけでなく、多様な遺伝子や生理機能を持つモデル動物を使って研究を行うことが必要です。スンクスを使うことでしか明らかにできない、哺乳類の排卵のしくみを発見しようと試みています。

推薦:松田 二子(名古屋大学)

研究で使用しているカトマンズ由来のスンクス。スンクスの子どもは、生後5日から20日頃までキャラバン行動をします。

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