研究紹介

私の研究はこんなことに役立っています

松浦 晶央(北里大学)

馬は大きくて力持ちだから、どんなに重い人だって乗せられる!たいていの人はそう思っているのではないでしょうか?確かに、大型馬車を牽引するクライズデール、シャイア、あるいはブルトンなどの重種馬はそうですが、馬といっても様々。当学部で飼育しているミニチュアホース(図1)には、小学生も乗せられません。筆者らは、福祉・医療・教育分野への馬の活用について馬側と人側の双方向から一連の研究を行っています。馬の歩行運動に伴う振動の特徴や乗馬活動における馬のストレス、乗馬運動が人体に及ぼす好影響など様々な研究を行っていますが、その中で、体高が低く躯幹(胴体)の広い体格をもつ日本在来馬は動物介在活動・療法用として高い評価をもつことを見出しました。日本在来馬には育種の過程で小型に選抜されてきた品種が存在するため、重い人を乗せると安定な歩行運動を維持できなくなります。特に小型の対州馬や与那国馬には騎乗者の制限体重を設ける必要があるのですが、小型馬の騎乗者制限体重の客観的基準は世界的に見てもないに等しいのが現状です。そこで、日本在来馬の最大許容負荷重量を推定することとしました。すなわち、何キロまでの体重の人なら乗せてもいいのか?という課題について研究を始めました。

まず、手法を確立するため、和種馬(品種登録されていない個体を用いたため日本在来馬とは言えませんが、北海道和種馬の血を濃く受け継いでいることから和種馬と表現します)を供試動物として実験を開始しました。具体的には、馬の胸部に加速度センサーを装着し、直線コースを騎乗速歩する際の加速度を測定しました。総重量を80 kgから130 kgまでの5 kg間隔とし、いくつかの特殊な統計手法を駆使して馬の振動の左右対称性と規則性を算出したところ、最大許容負荷重量は100 kg未満、すなわち馬体重の29%であると推定できました(Animal Science Journal. 84: 75-81)。歩行運動時の振動に基づいて馬の最大許容負荷重量の評価を試みたのはこの研究が初めてです。

今度は、いよいよ日本在来馬の最大許容負荷重量の推定です。この手法を応用して画像解析を用いた実験に取り組みました。最初のターゲットは対州馬(図2、供試動物平均推定体重:232 kg)です。同じく直線コースを騎乗速歩させ、高解像度デジタルビデオカメラで馬と騎乗者の振動を撮影し、同様の解析を行って左右対称性と規則性を算出しました。その結果、またしても最大許容負荷重量は100 kg未満と推定されましたが、100 kgの重さは対州馬の体重の43%に相当します。対州馬は特に丈夫な足腰を持つといわれてきた品種ですが、まさに小さくても力持ちという特長が実証されました(Journal of Animal Science. 91: 3989-96)。私の体重は52 kgですが、私は22 kgのリュックサックを背負って安定に走ることはできません(馬と人を同じ土俵で比べるのは良くないかもしれませんが・・・)。

現在、与那国馬と木曽馬の実験にも着手しており、北海道和種馬でも測定する予定です。また、直線・速歩の条件だけでなく、カーブや常歩、駆歩といった条件下での騎乗者制限体重の目安も必要でしょう。日本在来馬はわが国の気候・風土の中で育種選抜されてきたため飼育管理が容易である上、穏やかな気質を有します。しかし、従来の用途(主に材木や荷物の運搬、農耕)に限定すれば存在価値は乏しく、現在2千頭を割り、その保存には有効活用の道を見出す他にはありません。より安全で効果的な介在活動・療法・教育への活用に拍車がかかれば、また結果として日本在来馬のWelfareレベルを向上させることができれば、絶滅が危惧されるわが国の動物資源を活用しながら保存していくことができるでしょう。今後も、わが国の文化遺産であるとともに貴重な動物資源である日本在来馬の保存と活用、さらには再興に貢献できるよう、よりいっそう研究成果を積み重ねていきたいと思っています。

図1

図2

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