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私がこの研究を始めた理由

松崎芽衣(広島大学)CV
2020年1月

私は卒業研究を開始してから現在に至るまで一貫して、鳥類の受精に関する研究を行ってきました。今回は私がこの研究を始めた理由について書いてみようと思います。

静岡大学へ入学した頃の私は、お世辞にも良い学生とは言えませんでした。昔から「勉強」が嫌いで(今思うと宿題が嫌いだっただけで、興味を持ったことを自発的に学ぶのはむしろ好きだったのですが)、「生き物が好きだから生物系の学部、役に立ちそうだから農学部」という軽い気持ちで農学部を選んだ私は、特にやりたいことも思い浮かばず、なんとなく日々を過ごしていました。

そんな私が研究に興味を持ったきっかけは、学部生の頃に細胞生物学研究室を訪問したことでした。訪問の際に実体顕微鏡で見せていただいたウズラの精子が、私の心を掴んだのです。こんなに小さな1つの細胞が、鞭毛を規則的に動かし自在に泳いでいる──この時の興奮は今でも覚えています。

さらに私を驚かせたのは、鳥類の輸卵管には「精子貯蔵管」が存在し、射出された精子を体内で長期間(例えばシチメンチョウでは3ヶ月も)貯蔵できるということでした。繁殖期の雌は1日に1個の卵を産みますが、1度雄と交尾をすれば、その後は交尾せずとも精子貯蔵管へ貯蔵された精子を使って受精卵を産み続けることができます。精子貯蔵管に貯蔵された精子が長期間受精能を維持する現象は研究者たちの興味を惹き、半世紀以上にわたり研究されてきましたが、精子が長生きするメカニズムはほとんど解明されていませんでした。まだ誰も解き明かしていない謎に挑戦することは、私には非常に魅力的に映りました。

また、鳥類の排卵卵子が受精できる時間は排卵後のわずか15分間しかなく、精子はそれ以降卵子へ侵入できなくなります。このように、鳥類における受精のタイミングは非常にシビアですが、実は精子がタイミングよく卵子へたどり着くのには精子貯蔵管が一役かっています。排卵前の雌では血中プロゲステロン濃度が一過的に上昇することが知られていますが、細胞生物学研究室ではプロゲステロン刺激により精子貯蔵管が精子を放出することを明らかにしていました。すなわち、排卵のタイミングに合わせて貯蔵精子が放出されるということです。この話を聞いた私は、鳥類の受精の巧みさ、そして生命現象を分子レベルで理解するという研究の面白さに心を奪われ、ぜひ精子貯蔵管について研究したいと思ったのです。

当時のことを思い返して書いてみましたが、研究に対する気持ちは今もあまり変わっていないように感じます。私が研究をする上で一番大事にしているのは、「自分が面白いと感じるかどうか」です。ある生命現象を「面白い」と感じる理由の本質は、そのユニークさ、すなわち生物が各々の生息環境に合わせ発達させてきた「際立った特徴」にあると私は考えています。そして、生物が持つ生産能力を最大限に引き出し、人間社会へ還元していく営みが農学だと解釈しています。鳥類の「面白い」生殖メカニズムを明らかにし、その「面白さ」を新たな生殖医療技術や家畜の繁殖技術開発へつなげていけたらと思っています。

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