研究者を目指すあなたへ

私がこの研究を始めた理由

西尾 元秀(畜産草地研究所)CV

「10年後、あなたがどうなっているか想像できますか?」

就職活動をしていたときに、面接官にたびたび聞かれたフレーズである。しっかりとしたキャリア形成のためには、明確な将来のビジョンが必要らしい。30歳を過ぎた今、あらためて自分のキャリアの形成過程を振り返ってみると、これとは真逆で常に行き当たりばったりであった。

小さな頃から数学と物理が好きだった私は、高校3年の夏まで、大学受験は物理系(工学部か理学部)を志望していた。しかし、最終的には農学部へ進学した。きっかけは定期購読していたNewtonの記事である。この雑誌は最新の科学の研究内容を分かりやすい図と文章で説明してくれており、子供の頃から楽しく読んでいた。多くの記事は宇宙物理学や数学に関するものであるが、生物学についてもたびたび特集が組まれることがある。受験を控えていた頃、「クローン羊 ドリーの誕生」と「ヒトゲノムプロジェクト」に関する記事に私は衝撃を受けた。人工的に生物を作り出す技術と生物の神秘をゲノムレベルで明らかにしようとする内容に感動し、バイオテクノロジーを勉強してみたくなったのだ。

学部生の時に所属していた研究室では、「黒毛和種の霜降りに関与している遺伝子の探索」というテーマで研究をスタートさせた。すでに、先輩が霜降りの良い個体と悪い個体において発現量に差がある候補遺伝子を抽出していたので、その遺伝子領域に存在する一塩基多型を探し出し、霜降りとの関連を調べることが目的であった。最後の関連解析を除くと、実験内容は半年以上ひたすらシークエンスによって塩基配列を決定するというもので、もともと飽きっぽく、毎日コツコツ同じことをすることが苦手な私にとっては肉体的にというよりも精神的に過酷な作業だった。最初は講義の内容や本に書かれていたことが自分の手で実行できることに感動していたが、半年を待たずに実験に向いていないことを痛感し、研究室を変えることにした。

新たな研究室を探していたとき、隣の研究室(畜産資源学研究室)のホームページを見ると「実験室での実験に加えて、フィールド調査、コンピュータシミュレーション、衛星データの利用などの新しいツールを積極的に活用して既存の生物学分野から経済学、農村社会学、文化人類学までの学際的総合研究の幅広い視点から畜産資源に関するさまざまな問題を解決するための研究を行っています。」とあった。う~ん、なんだかよく分からない。でも、畜産に関することなら何でもできそうだと考え、門を叩いた。大学院での研究テーマは「家畜育種における遺伝子情報の利用法」。学部時代は遺伝子の探索が目的であったが、ここでは発見された遺伝子を畜産の生産現場で効率的に活用することを目指して博士課程後期2年までの4年間研究を行った。具体的には、発見された遺伝子の効果を生産現場で活用した場合の経済的な得失を試算する経済研究と、遺伝子情報と血統情報とを組み合わせた遺伝的能力評価法を開発する育種研究である。いずれの研究も方法論の開発なので、紙でガリガリ計算式を書いていろんな方法を試してみること、良い方法があればそのプログラムを作成し、シミュレーションや実データを用いて検証することになる。1ヶ月以上、1つの計算式を考えるなんてことも珍しくない。多くの農学部の学生は数学が苦手なので、この類いの研究は嫌がるが、私自身はパズルを解いているようで楽しんで研究を進めることができた。農学部にきて、実験をせずに統計を用いた研究をするなんて考えてもいなかったが、これが自分に合っていると分かり、現在の研究「家畜のゲノム情報を利用した遺伝的能力評価法の開発」に繋がっている。

子供の頃から具体的に夢や目標を設定し、そこに向けて着実に駒を進めていく人たちがいます。研究者にはそういう方が多いのかもしれない。しかし、私は行き当りばったりでも「やっていて楽しいこと」を選んできて良かったと思っている。生物以外の勉強もできたし、就職活動をすることによって企業で働くことを垣間見ることもできた。そうやっていろいろ経験した上で自分に合っているものを見つけられたのだと思う。また、それくらいオープンマインドでいた方が、キャリアはどんどん開くのではないだろうか。想像できる範囲で、こぢんまりと計画を立てて、そこに安住することは、結局、自分の可能性を狭めることにつながりかねない。今でも、10年後どうなっているかは想像できないが、常に「やっていて楽しいこと」を続けていけたらと考えている(もちろん、畜産に役立てるという大前提の上で)。みなさんは、10年後の自分が想像できますか?

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