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私がこの研究を始めた理由

坂本 和仁(University of Nebraska Medical Center)CV

私は、米国のUniversity of Nebraska Medical Centerで様々な遺伝子組み換えマウスを用いて、「乳腺はどのような仕組みで乳癌を発症するのか?」「乳癌の治療にはどの分子をターゲットにしたらいいのか?」ということを研究しています。農学部で「畜産」を学んだ私がなぜ米国で医学について研究しているか、ちょっと昔を振り返ってみたいと思います。

「高校のときに生物が得意だった」という理由で畜産学科に入ってしまった私は、学部時代はあまりやる気のない学生で、「社会に出てから自分は何がしたいのだろう」と不安を抱えながら楽しいサークル活動やアルバイトに明け暮れていました。そんな中、農場実習で肉牛の肥育農家に住み込みで3週間お世話になりました。実際に汗を流して働いてみると、講義を聴いて漠然と知っていた畜産現場の大変なところや問題点が身にしみてわかりました。「ちゃんと農学を勉強して、現場の役に立てるような仕事に就こう」と思い立ち、大学院に進学を決めました。

大学院時代は、「どうしたらウシの乳生産量を増やすことができるだろうか?」ということをテーマに、ミルクを作るウシの乳腺細胞を用いて研究しました。成長ホルモンの投与は乳生産量を約40%増やすことが知られており、米国の酪農現場では実際に利用されています。当時、成長ホルモンは肝臓に作用し乳腺を発達させる成長因子を分泌させたり、血流量を増加させ乳腺にミルクを作るための栄養素を供給させるという間接的な作用があると考えられていました。ところが、成長ホルモンは乳腺細胞に直接作用しミルクタンパク質の合成を増加するという新たな現象を発見しました。「この発見は現場の生産効率の向上につながる一歩になるかもしれない」という思いとともに、私はどんどん乳腺の研究にのめりこんでいきました。

ところが、成長ホルモンの投与は日本やヨーロッパなど多くの国では認められていません。従って、この現象で起こっていることを深く知り、成長ホルモンに代わる別の方法で乳腺の能力を向上させることが不可欠です。しかしながら、当時の私には乳腺の細胞に異なるホルモンを投与してその反応を見るという生物学的な手法しか持っておらず、乳腺の研究を発展させることに限界を感じていました。そんな時、興味のある遺伝子を乳腺でノックアウトさせたマウスを使って、ものすごいスピードで結果を出している医学分野の論文をいくつも読みました。それもそのはず、ウシは産まれてから親になるまで数年かかりますが、マウスは2ヶ月もあれば十分です。さらに、興味のある遺伝子を乳腺でピンポイントにノックアウトするので、環境による影響や個体差がなく結果もすごく安定していました。次の行き先は決まりました。

博士号を取得すると、遺伝子組み換えマウスモデルを使って乳腺の研究をしている現在のラボに留学しました。ミルクを作る乳腺の細胞が長い時を経て癌細胞となるので、乳腺の仕組みを知ることがこの分野の研究にはとても重要です。私にとっては、農学から医学への分野転向は対象動物がウシからマウスに、研究の行き着くところが畜産現場から医療現場へと代わっただけで大きな違いはありませんでした。ここでは、遺伝子配列の解析や遺伝子の組み換えなど様々なことを学び、今も自ら作った遺伝子組み換えマウスを使って乳腺の研究をしています。

渡米当時から私には、「米国の医学分野で学んだことを、いつの日か日本に持ち帰り農学分野に還元したい」という夢があります。医学分野と同じように、マウスを使って研究を進め、その結果をもとに畜産動物を用いて臨床試験を行い現場の技術を発展させたいと考えています。

推薦: 林 英明(酪農学園大学)

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