研究者を目指すあなたへ

私がこの研究をはじめた理由

川端 二功(九州大学)CV

「家畜・家禽の生体センサーってどうなってるの?」というのが現在の大きな研究テーマです。家畜・家禽が味や匂い物質等の化学物質や、熱や機械刺激等の物理刺激をどのように受容しているのかに興味があり、特に味覚の研究について精力的に進めています。この研究テーマにたどり着くまでにどのようなことを考えてきたのか、その辺りのことを少しだけ紹介したいと思います。

小学生の高学年から中学生にかけて算数や数学の問題をエレガントな方法で解くことが面白くて仕方ありませんでした。友達と解答の「センス」の競い合いをしていくうちに、知的な興奮というものに病みつきになっていった気がします。その頃から将来は研究者になって日々興奮を覚えるような仕事がしたいという思いが芽生え始めました。当初は数学に興味があったのですが、高校生の時に秋山仁先生の講演を聞く機会があり、数学の世界の厳しさを知りました。早々に数学者はあきらめ、実験すれば何らかの結果が出ると本に書いてあった生物学にしようと思いました。生物学の中でも農学を選んだ理由は、砂漠化の急速な進行や食糧危機等、解決しなければならない地球規模的な問題が農学分野には山積みだと感じたからです。

九州大学農学部の2年生になって専攻を選ぶ際に、植物や微生物ではなく、ヒトに近い高次動物を研究対象にしたいと思いました。ヒトの健康に直接貢献できる研究に興味がわいてきたからです。4年生の研究室配属の時には畜産物利用学の研究室である畜産化学研究室で卒論研究を行いました。牛肉エキス摂取がラットの筋線維タイプにどのような影響を与えるかというテーマで、食品機能学的研究でした。栄養と生理機能の研究をさらに深めたいと思い、大学院からは京都大学の栄養化学研究室に入りました。

京大の栄養化学では辛くないトウガラシの研究を行いました。辛くないにも関わらず辛いトウガラシと同様にエネルギー代謝を高めるCH19甘という品種があるのですが、その中に含まれているカプシエイトという成分がとても面白い生理作用を持つ物質だとわかりました。辛くないカプシエイトは口腔組織ではなく、腸管に発現する辛味受容体に作用してエネルギー代謝を高めることがわかったのです。大学院での5年間はとても密度が濃く、指導教員の伏木亨教授に研究者としての基礎を教えて頂きました。博士課程の2年生の時に共同研究者である岡崎統合バイオサイエンスセンターの富永真琴先生のラボ(細胞生理)に1年間在籍して研究する機会を頂きました。富永研は温度や痛み、そしてスパイスの受容体でもあるTRPチャネルファミリーの分子機構について最先端の研究をしているラボで、基礎医学の研究スタイルを経験することができたことはとても貴重でした。直接指導して頂いた助教の先生は理学部出身で、理学部のカルチャーも吸収できたことはとても良かったです。理学部と農学部、医学部ではカルチャーが全く違います。何かわからない現象を複雑系のままで理解しようとする感性が農学では必要ではないかと恩師の伏木亨先生がエッセイで書かれています。医学部は知識に裏付けられた個体の統合的理解というか生き物全体をとらえるセンスが抜群だと思いますし、理学部は面白い現象をとことん追求する求道者のようなイメージがあります。それぞれのカルチャーがとても素晴らしいと思いますが、やはり自分には応用を目指しながら研究を進めていく農学が合っていると感じています。

やがて就職活動をする段階になり、自分の専門を活かして企業に就職し、企業研究者になろうと思いました。農芸化学会や栄養・食糧学会等に参加して、企業研究者の活躍は良く見ていましたし、栄養化学研究室の先輩方も博士号取得後に企業で活躍されている人が多かったのも影響しています。この辺りのことを書くと長くなるのでやめますが、最後は直感で決め、日本水産株式会社(ニッスイ)に入社しました。会社では学部卒や高卒の若い同期と一緒に新入社員研修を受け、自分のフレッシュさの無さに愕然としつつも研究室では経験できない営業や工場の研修もやらせて頂きました。特にアラスカのすり身工場でK1ファイターの様な外国人労働者達と一緒に働き、食品製造のグローバルさを体感できたことは良い経験になりました。その後研究所に配属になり、魚油と魚肉タンパク質の機能性研究を行い、原著論文や特許申請など、いくつかの成果を出すことができました。4年間の勤務で10以上の大学と共同研究を行い、様々な先生方とご一緒に研究できたことと、企業研究者の面白さを実感できたことはとても大きな財産になっています。

紆余曲折と言いますか、様々な経験をさせて頂いたのですが結局は学部時代のアニマルサイエンスに戻ってきました。現職の公募が出た時に、今までの経験を総合して面白い研究ができるのではと直感的に思いました。三つ子の魂百までではないですが、やはり頭の隅にはアニマルサイエンスがずっとありました。栄養生理と水産と畜産。お前は一体何がやりたいんだという指摘が聞こえてきます。でも一つの研究を長く続けることは若手には難しいと思っていますし、若手のうちは様々な経験をした方が将来的にはいいかもしれないと思っています。私は味覚生理学の分野ではスタート地点に立ったばかりですが、今後面白い研究を発表できるよう精力的に研究をしていこうと思っています。畜産のプロパー研究者には無い視点で研究を進めることができれば良いかなと思いますし、上記の進路が悩める学生にとって一つの例として参考になれば幸いです。振り返ってみるとその時面白そうだと思った進路を選択しており、直感を何より大事にしてきたつもりです。迷った時は自分の直感を信じることをお勧めします。

推薦: 友永 省三(京都大学)

写真は大学時代から始めたトライアスロンのレース後のものです。九大トライアスロン同好会の顧問もやっています。年代別カテゴリーで良い成績をおさめることを目指していますが、当分は無理そうです。

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