研究者の日常
海外探検記
川口 芙岐(神戸大学)CV
2025年4月
普段は研究室での実験やパソコンに向かうばかりの日々を過ごしていますが、この度、貴重な機会に恵まれ、インドネシアへヤギのDNAサンプル収集に向かうことができました。その2週間の旅について紹介します。
インドネシアは多くの島々から成る島国ですが、今回のサンプル収集の舞台はスラウェシ島の北部、ゴロンタロでした。現地の共同研究者らと合流し、到着初日からヤギを探しに酪農家を訪ねていきました。我々が調査対象としているヤギは各地域に土着の“在来”ヤギであり、日本のウシやブタのようにしっかりとした畜舎で飼養されているわけでありません。木で作成された柵や小屋の中に、まるでペット同然にヤギが飼われています。酪農家の方々に許可を得て採血をさせていただきましたが、近所に住む子供たちが家族の安否を祈るかのような眼差しでその様子を見守っていたことをよく覚えています。とはいえ、酪農家の皆さんも子供たちも、はるばる他国から訪れた私たちにとても暖かく接してくださり、インドネシアの人々の温もりにも触れることができました。
ところでヤギと聞くと、白一色の個体を想像する方が多いのではないでしょうか。しかし世界のヤギを見てみると、茶色や黒の毛色のヤギが多く、さらに一色でないことの方が多いように思われます。また毛色だけでなく、角の形や顔の形、髭の有無など個体ごとによく観察すると様々な形態的特徴の差が見えてきます。特に品種として世界中で飼養されている“国際品種”のヤギとインドネシアの“在来”ヤギには体の大きさや耳の垂れ方、顔の形に大きな差があるとのことで、ヤギの形態をよく観察し、なるべく国際品種とは血縁関係の少ないと思われる個体を探しました。当然ながら、形態からその全てを見定められるわけではないので、後々、DNAを分析してみてから答え合わせをすることにはなります。さて、インドネシアの在来ヤギはとても小柄で、“カチャン(現地の言葉で豆という意味)”と呼ばれています。“豆”という言葉から想像されるように、国際品種と比べると身体の大きさが顕著に小さく、可愛いと感じられました。このように、普段何気なく目にしていた動物でも、遺伝的側面と照らし合わせてその形態を観察してみると、とても興味深く思えてきませんか?
また個人的に恥ずかしいことではありますが、私はそれほど英語に堪能ではなく、これまでに英語でのコミュニケーションの機会がそう多くはありませんでした。しかしこの旅の中で、現地の大学に所属する教授の他、学生さん数名と一緒にサンプル採取やDNA抽出実験を進めることになり、英語でのコミュニケーションが必要不可欠となりました。インドネシアでも日本と同様に英語が公用語ではないため、お互いにたどたどしくではありますが、実験に必要な打ち合わせや世間話までたくさんの会話を通して楽しくコミュニケーションをとることができました。国際学会などで研究の話をする時とは一味違う、外国語コミュニケーションの貴重な経験が得られたと感じています。次に同様の機会が得られた際にはより支障なくコミュニケーションが取れるよう、英語能力に磨きをかけていきたいという思いが強くなり、モチベーションの高まりに繋がりました。
以上のように、普段の研究生活ではできない経験がこの旅の中でたくさん得られ、それらは今後の研鑚に強く貢献する経験であったと感じています。また当然ながら、研究を志していなければこのような経験をすることはなく、これもまた、研究を続ける楽しみの一つともいえるでしょう。最後になりましたが、本海外調査は在来家畜研究会の後援を受け、出発から帰国まで無事に完遂することができました。この場をお借りして感謝申し上げます。在来家畜研究会は日本畜産学会の関連研究会のひとつであり、毎年の日本畜産学会の開催期間に動物遺伝育種学会との合同シンポジウムも開催されておりますので、ご興味をお持ちいただいた際には、是非お立ち寄りください。そして将来的に、共に研究し、本研究分野の発展に貢献していくことができますと幸甚の至りです。

左:国際品種に血縁関係を有すると思われるヤギ(耳が垂れており、大きい)、右:現地の在来ヤギ“カチャン”(耳の立ち上がりがとても特徴的で、成体でもこのサイズ)