研究者の日常
子どもの出生前後における
若手研究者の生活の変化に関する研究
渡邊 源哉(農研機構)CV
2024年10月
※注釈の必要もないと思いますが、本稿は論文風の読み物です。
【一般論文】子どもの出生前後における若手研究者の生活の変化に関する研究
著者
渡邊源哉
所属
農研機構畜産研究部門
要約
多くの若手研究者が、結婚や子どもの出生といった生活の変化に直面しており、特に「子育てと研究の両立」に関して、不安や不透明さを訴える若手研究者の声が存在する。そこで本稿では、30代の研究員である渡邊源哉(著者)を観察の対象とし、子どもの出生前後における生活の変化について解析した。結果として、著者の場合、子どもの出生は論文の出版数や出張回数といった一部の活動に影響する可能性が示唆されたが、研究活動全体が激変するほどの影響はないと推察された。
キーワード;育児、若手研究者、ワークライフバランス
緒言
若手研究者の多くは、学位を取得して社会に出る直前および直後から、ポストの獲得という競争にさらされている1)。また、首尾よくポストが獲得できた後にも、結婚や子どもの出生といったライフイベントが発生し、激しい生活の変化に直面する。こうしたライフイベントの中でも、「育児」はとりわけ研究活動に対する影響が大きく、日本畜産学会第132回大会のサイエンスナイトの交流企画においても、苦労している点に「育児との両立」をあげる声が少なからずあった。また、日本畜産学会第131回大会および第132回大会のランチョンセミナーにおいて、育児と研究の両立を内容に含むセミナーが開催されており、多くの研究者の注目を集める話題の一つと言える2, 3)。
現状、子育てと研究の両立をテーマにした寄稿文やセミナーの多くは、「子どもが生まれたら生活が子ども中心に変わった」、「子どもが生まれる前と同じ水準で研究を継続させるのは常人には困難」、「子育て中は仕事にならなかったが、得難い経験であり、復職後は仕事の能力も上がった気がする」といったように、「子どもが生まれてから」の生活や研究の状況、それに対する反省、示唆に関するものがほとんどである4, 5)。他方、ライフイベントの変化の途上にある子育て経験のない若手研究者にとっては「子どもが生まれる前後で、こんな風に研究や生活が変わった」といった情報の方が有益なのではないかと著者は着想した。そこで本稿では、著者である渡邊源哉を観察対象とし、子どもが生まれる前後の変化を解析することで、若手研究者の興味を引く読み物を提供することを目的とした。
材料および方法
観察対象
観察の対象は著者(渡邊源哉、本稿を執筆している2024年10月現在で36歳、農研機構所属、主任研究員、男性、二児の父)とした。渡邊家の第一子である長男の出生が2021年6月、第二子である長女の出生が2024年3月であることから、本稿においては、子どもが生まれる前の期間を2018年6月~2021年6月の3年間、子どもが生まれた後の期間を2021年7月~2024年7月の3年間とした。データは、上記期間のスケジュール帳、渡邊源哉のResearchmap6)および著者のおぼろげな記憶より収集した。
測定項目
測定項目は、「就業時間(だいたい)」、「業務に対する集中度(著者の主観)」、「筆頭もしくは責任著者の論文数」、「出張回数」、「睡眠の質(著者の主観)」および「業務時間外の過ごし方(おぼろげな記憶)」とした。
結果と考察
就業時間と業務に対する集中度
子どもが生まれる前の1日あたりの就業時間は、約8時間30分だった。子どもが生まれた後の1日あたりの就業時間は、約7時間であった。業務に対する集中度(著者の主観)は、業務の内容や量、その日の体調によるものの、子どもが生まれた後の方が、子どもが生まれる前に対してやや高かった(体感)。子どもが生まれると、生活のリズムが子ども中心となる7)。著者も子どもが生まれてからは、家事と子どもの身支度がひと段落してから出勤し、なるべく夕飯の準備が始まる前に帰宅するようになった結果、業務時間が減少したと考えられた。一方、子どもが生まれる前は、「終わらなかったら、深夜勤務にならない程度に業務時間を延ばせばいい」といった心境で、業務を後ろ倒しにし、業務時間が長かった側面もある。これに対して、子どもが生まれてからは「夕飯の準備が始まる前には帰りたい。あと、明日は長女の予防接種に行くから午後から休まないといけない。ということは、今日中にこれはやっておかないとまずい。こっちは明日の午前中に回しても間に合う」といったように、子どもの都合を中心にしたスケジュールに対応して業務に優先順位をつけ、集中して取り組むようになった(と思う)。以上のように、子どもが生まれた後は仕事に充てられる時間は減ったものの、子どもが生まれる前に比べて、限られた時間をより有効に活用して業務に取り組むようになったと考えられた。
筆頭および責任著者の論文数
子どもが生まれる前の3年間、著者が筆頭もしくは責任著者となり出版された論文数は6報であった。子どもが生まれた後の3年間、著者が筆頭もしくは責任著者となり出版された論文数は2報であった。前述の通り、日常的な業務に関しては、限られた時間内で集中して取り組むことで、子どもが生まれる前後で大きな影響はなかったと考えられた。しかし、時間をかけて取り組む必要がある論文の執筆に関しては、子どもが生まれた影響を日常的な業務よりも受けやすい可能性が示された。なお、子どもが生まれる前の3年間は、複数の大型プロジェクトによりデータが多く得られた時期であり、論文を書きやすいタイミングであったことから、子どもの出生のみが論文数に影響したわけではないと考えられた。また、子どもが生まれてから掲載された論文のうち一報は、国際的に影響力の大きい雑誌に掲載され、著者の所属機関である農研機構のWebサイトでプレスリリース8)も行われており、「論文の質」は子どもが生まれる前に劣っていないと考えられた。
出張回数
子どもが生まれる前の3年間の著者の出張回数は37回であった。子どもが生まれた後の3年間の著者の出張回数は15回であった。子どもが生まれる前は、泊りがけの出張が多くあり、出張先から別の出張先へそのまま向かうこともたびたびあった。他方、子どもが生まれてからは、著者が出張の間、妻が一人で子どもの面倒を見ることになるため、特に泊りがけの出張の頻度は減少した。よって、研究活動の中でも、出張の頻度は子どもの出生前後で強く影響を受ける可能性が考えられた。なお、子どもが生まれてからの出張頻度の減少には、コロナ禍での出張自粛やオンライン会議の定着といった因子が影響している可能性も考えられることから、今後、さらに多くのデータを蓄積することで、子どもの出生前後の違いがより明確になると考えられた。
睡眠の質
子どもが生まれる前の3年間、著者の眠りは浅く、睡眠の質はあまりよくなかった(体感)。子どもが生まれた後の3年間、著者の眠りは深いものの、睡眠の質はあまりよくなかった(体感)。子どもが生まれる前の3年間は、任期付き研究員として働いていた期間とパーマネント研究員として採用された直後の期間であった。このため、この期間は「学位が取れたのに就職先が見つからない!」あるいは「結婚したのに職を失った!」という悪夢をしょっちゅう見ており、これが睡眠の質を低下させる要因の一つとなった。しかし、この悪夢は子どもが生まれてからはほぼ見なくなった。夢は睡眠時間のうち、脳が活動しているレム睡眠の間に見る9)。子どもが生まれてからは子育てと仕事に疲れ果て、毎日、ほぼ気絶するように眠っていたことから、夢を見るレム睡眠を通り過ぎて深いノンレム睡眠に落ち、悪夢を見てもその内容を記憶していないものと推察された。
また、睡眠の質にアルコールの摂取が影響した可能性も考えられる。著者はお酒を好むため、子どもが生まれる前はほぼ毎日、ビール+焼酎orウィスキーを楽しんでいた。しかし、子どもが生まれてからは「お酒を飲んだ後に子どもをお風呂に入れたり、歯の仕上げ磨きをしたり、寝かしつけたり、深夜にミルクを飲ませたりするのが言いようもなくつらい」という、極めて家庭的な事情により、「今飲んだら後でつらい」という気持ちに対して「今日はお酒を飲みたい!」という気持ちが勝った時だけ、ビールを一缶飲む程度になった。アルコールの摂取が睡眠の質を低下させることはエビデンスがあることから9)、子どもが生まれる前の飲酒による睡眠の質の低下が、子どもが生まれてからは改善した可能性がある。
一方、子どもが生まれた後の睡眠の質を議論するうえで、深夜の授乳の影響は無視できない。著者の家庭において、第一子の深夜および早朝の授乳はほぼ妻が一手に引き受けてくれていた。これに対して、第二子の授乳は日中、子供二人の面倒を見ている妻の負担軽減の観点から、早朝の授乳は妻、深夜の授乳は著者という役割分担がなされた。深夜時間帯の授乳のうち、著者が寝落ちして間もないタイミングで授乳しなければならないパターンが非常につらい。また、深夜の授乳を無事に乗り越えても、夜泣き(長男はたまに夜泣きをする子だった、長女はほとんど夜泣きしない子である)、子どもの寝返りから繰り出される回し蹴り、かかと落とし、裏拳、頭突きなど、主に物理的な手段によって、深いはずの著者の眠りすらたびたび打ち破られ、睡眠の質が低下した。
以上のように、著者の場合には子どもの出生前後でそれぞれ異なる理由により睡眠の質がよくなかったと考えられた。しかし、深夜の授乳はいずれ終わりが訪れるので、子どもが生まれた後の睡眠の質は子どもの成長とともに徐々に改善し、いずれ安らかに眠れるようになり、業務中に眠気を感じる頻度も低下するものと考えられた(そうであってほしい)。
業務時間外の過ごし方
子どもが生まれる前の著者の業務時間外の過ごし方は、動画を見たり、テレビを流し見したり、ゲームをしたり、漫画を読んだりと、だらだら過ごし、深夜まで起きていたり、時には布団に入らずに寝落ちしたりすることもあった。これに対して、子どもが生まれた後の業務時間外の過ごし方は、15キロ以上ある長男が「16階!」と言ったら家の天井に頭が付くまで抱き上げ、「1階!」と言ったら地上に降ろすという過酷な「エレベーター遊び」に取り組んだり(写真)、長男が放つ「動物ビーム」を食らったら即座にニワトリやラッコに変身したり、子どもを抱いたままスクワットしたり(乳児期、長男は歩きながらスクワットするとよく寝た。長女はスクワットするとなぜか声を上げて喜ぶ)、体を張って子どもを喜ばせるようになった。子どもが喜ぶとこちらもうれしくなり、調子に乗って無理をしがちであるため、子どもが生まれた後は、子どもが生まれる前以上に、体のケア(特に腰!)が重要と考えられた。また、子どもが生まれた後は、子どもの睡眠、食事および入浴などの時間に合わせて著者も活動するようになり、子どもが生まれる前に比べて生活リズムが一定になった。これにより、著者の心身の健康状態は子どもが生まれる前に比べて後の方が改善した(体感)。
以上のように、子どもの出生は、著者の生活にいくつもポジティブな効果を及ぼしていると考えられた。他方、著者も日々の生活に疲れを感じることがある。育児にせよ、研究にせよ、ストレスに押しつぶされないために気分転換は必要であることから、夫婦ともに気分転換の機会と手段を設けることが今後、より重要になると考えられた。なお、著者の気分転換に関しては、年に一回程度の同僚との登山や2-3か月に1回くらいの頻度での職場の飲み会への参加の際に、「行っておいでよ」と快く送り出してくる妻に感謝したい。
総括
本稿では、子どもが生まれる前後において、研究活動や家庭生活がどのように変化するか解析した。結果として、子どもの出生は論文の出版数や出張頻度といった一部の研究活動に影響する可能性が示されたが、研究活動全体が激変するほどの影響はないと推察された。また、子どもとの生活が著者の心身に良い影響を及ぼしていることが推察された。一方、著者の家庭は、妻が専業主婦として家事と子育ての主軸を担ってくれていること、著者の長期出張の際に子の面倒を妻と一緒に見てくれる両親、義両親、義兄がいること、労働時間の融通が利く裁量労働制により働いていること、育休取得を相談したら快く了解してくれる理解ある上司の下で働いていることなど、数多く恵まれた点がある。よって、今後、さまざまな労働および生活条件にある若手研究者にとって参考となるよう、より多様な条件下における育児と研究の両立の事例が報告されることが望まれる。
謝辞
日々の家事育児の合間を縫って、本稿について事実関係の確認、ご助言および校正をいただいた妻の渡邊萌氏に感謝申し上げます。また、日々の生活を通して著者の心身を明るく健やかにしてくれている長男の渡邊理樹氏、長女の渡邊智歌氏に感謝いたします。
利益相反
本稿に関する利益相反関係はない
参考文献
1) 小川伸一郎. 2023. 生き残れ! (公社)日本畜産学会若手企画委員会Webサイト. https://www.jsas-org.jp/wakate/foryou_47_ogawa-3.html
2) 川島千帆. 2023. 地方小規模大学だからできること・やるべきこと. 日本畜産学会第131回大会若手奨励・男女共同参画推進委員会主催ランチョンセミナー.
3) 荒川愛作. 2024. 畜産の研究を仕事にすることについて. 日本畜産学会第132回大会若手奨励・男女共同参画推進委員会主催ランチョンセミナー.
4) 渡邉創太. 2023. 研究と子育ては無理に両立させなくていい. 動物心理学研究, 74, 45-47. https://doi.org/10.2502/janip.74.1.12
5) 山下直美. 2015. 研究と育児と私. コンピュータ ソフトウェア, 32, 36-37. https://doi.org/10.11309/jssst.32.2_36
6) 渡邊源哉. 2024. Researchmap(渡邊源哉), https://researchmap.jp/gw1129(2024年10月4日参照)
7) 新小春. 2024. 畜産行政のお仕事とライフワークバランスについて. 日本畜産学会第132回大会若手奨励・男女共同参画推進委員会主催ランチョンセミナー.
8) 農研機構プレスリリース. (研究成果)食肉を食べるときに感じる「複雑さ」の数値化方法を考案 - 国産畜産物の「おいしさの数値化」を目指して - (2023 年11 月15 日公開). https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nilgs/160472.html(2024年10月4日参照)
9) 内田直. 2017. アルコールの睡眠への影響. NEWS & REPORTS(公益社団法人 アルコール健康医学協会), 23, 2-7.