研究者の日常

研究者と日本語

杉野 利久(広島大学)CV

ようやく科研費の申請時期が過ぎた。

大学で研究するということは,単に研究をするだけではない。そこには学生という存在がある。学生1人あたり年間で最低100万円の研究費が必要だ,と聞いたことがある。私の所属する研究室では,最低でも単純計算で1,000万円は必要ということであろうか。学生に,「卒業したければ100万円稼いでこい」と言えるはずもなく,研究費を稼ぐのは教員の仕事である。だからといって,深夜に工事現場のバイトをして稼ぐわけではない。競争的資金に応募して,それを得るのである。

私の中で研究は大きく分けて3つに分類される。アカデミック,現場対応型と事業的研究である。アカデミック研究は趣味である。自分の中で興味のあることやルーチンで実施している研究のことであり,畜産現場への還元なんぞ考えてもいない。役に立つのかも不明である。言い換えれば研究していて一番楽しい。現場対応型研究は畜産現場での問題等に科学的アプローチから対応する研究であり,間違いなく趣味ではない。しかも自分がアカデミック研究で実施している内容とは異なることが多く,現場に還元される可能性は多いにあるが,少なからず魂を売ることになる。3つ目の事業的研究は,民間企業からの受託研究であり,その研究には企業の意向が100%反映されている。すなわち,事業である。淡々と作業をこなす。当然,後者二つの研究をやりたくないわけではない。勉強もでき,自分の趣味に活かせるネタも拾えるので,むしろ有り難い。魂なんぞいくらでも売ります。事業的研究は,競争的ではないが,前者2つの研究はそれぞれ競争的資金が用意されており,我々教員は,学生にひもじい思いをさせないために,日夜,応募書類を書いては応募し,採択されれば学生と一緒に研究し,不採択だったらまた応募書類を書く,というスパイラルをおそらく退職までやり続ける・・・・。たまに嫌になる。でも仕事ですから。

応募書類を書かなければならないということは,研究者のスキルとして文章表現能力が必要ということである。私には文章表現の師匠が2人いる(すでに他界されたが)。一人からは,独創的な作文方法を教えてもらった。「言いたいこと」を先に列記する方法で,科研費ならば,国内外の動勢,科学的背景,目的などをそれぞれ1文で書き,後からその前後に文章を肉付けするというものである。どんな長文を書こうとも,「言いたいこと」だけを読めば理解できる。もう一人からは,タイトルと出だしの重要性を教えてもらった。たとえば,川端康成の「雪国」の冒頭は,「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」だから文学作品として良いわけで,「県境の長いトンネルを抜けると豪雪地方であった」では何とも味気ない。「伊豆の踊り子」も踊り子だから良いわけで,英訳本のタイトル「The Izu Dancer」では,書店でその本を手に取る気にならない。

ともあれ,科研費の申請は終わった。後は,満開の桜に酔いしれるか,散る桜の儚さを思うか,だけである。

推薦:友永 省三(京都大学)

研究室のひもじい思いをさせてはならない精鋭達(学生)

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