研究者の日常

研究者の1週間

中村 隼明(基礎生物学研究所)CV

今回のエッセイは、研究者の1週間という内容で、先週の私の生活について紹介させて戴く。私事のみの記載では読者の皆様に有益な情報を提供できないため、私が研究をおこなうためにどのような段取りで実験を組んでいるかにつても併せて記載する。以前のエッセイにも記載させて戴いたが、私は移植という操作を加えた後に、精子形成の幹細胞として振舞う細胞の正体を解明するため、マウスを実験動物として用いて研究をおこなっている。先行研究により、移植後に精子幹細胞として振舞う細胞は未分化型精原細胞と呼ばれる精子形成の細胞のごく一部に濃縮されていることが知られている。当研究室では、未分化型精原細胞が遺伝子発現の違いによって2つの細胞集団に大別され、それぞれの集団が定常状態において異なる振舞いをすることを見出している。私の研究においても、これら2つの細胞集団に注目し、移植後における両集団の振舞いの解明に取り組んでいる。具体的には、2つの細胞集団を緑色蛍光タンパク質(GFP)によって不可逆的に標識し、子孫細胞の運命を移植後から継時的に解析するという実験をおこなっている。それでは、以下に私の1週間の生活環を紹介する。

月曜日

私の1週間は毎週恒例の研究室のミーティングから始まる。その前に、水曜日おこなう実験の準備のためにマウス飼育室へ。2日後(水曜日)に精細管内移植のドナーとして使用する二重遺伝子改変マウスの腹腔内にタモキシフェンと呼ばれる薬剤を投与し、未分化型精原細胞を不可逆的に標識する。研究室に戻ってミーティングをし、スケジュールを確認してカレンダーに書き込む。続いて、ゼミの時間である。当研究室のゼミの形式は、自身の研究の進展を紹介して議論するプログレスと論文紹介の2つであり、研究室のメンバーで順に請け負う。また、隔週で研究領域が近い研究室のメンバーが一同に会して論文紹介をおこなっている。ゼミを担当した場合、教員の方々からの鋭い質問に攻めたてられるわけだが、これによって自ずと科学的に思考する能力が鍛えられる。同時に、教員を目指す身分として、自らの不勉強さを痛感する。いつかポジションを獲得する日を目指して日々進化しなくてはならない。

午後からは、精細管の標本を観察する。単純に観察と言われても想像が困難であるため、どのような観察をしているか簡潔に説明する。実際の標本は、GFPを含む3種類のタンパク質を蛍光免疫染色法によりそれぞれ別の色で可視化している。移植した細胞に含まれるGFP標識された細胞の割合が低いため、精細管には低頻度でGFP標識されたクローンが形成される。そこで、1つのクローンにおけるGFP標識細胞を計数し、可視化した残り2種類のタンパク質を発現する細胞を計数する。この観察を1個の精巣に由来する精細管すべてについて行う。

火曜日

毎週、火曜日はマウスの床替えをおこなう。規模の大きな研究所では、技官の方々にマウスの管理を委託していると思われがちである。しかし、私の所属する基礎生物学研究所では、使用済みの床の洗浄等に関するサポートは戴いているものの、マウスの管理自体は基本的に各自でおこなっている。作業前に昨日同様に2日後(木曜日)に精細管内移植のドナーとして使用する二重遺伝子改変マウスの腹腔内にタモキシフェンを投与する。朝9時に開始した床替え作業も気づけば13時30分を過ぎている。

午後は、3ヶ月後に使用するドナーマウスを選出するため、先日出生したマウス48匹の遺伝子型解析にとりかかる。異なる2つの外来遺伝子を保有するマウスを選出するため、1匹につき2つの遺伝子型について解析する。夜は、昨日収集した実験データをまとめ、データがどのようなことを物語っているか思考を巡らせる。

水曜日

今日は、精細管内移植をおこなう。午前中は、月曜日にタモキシフェンを投与した二重遺伝子改変マウスより精巣を採取して、酵素処理によって単一細胞に解離する。細胞濃度を一定にし、いざマウス飼育室へ。1ヶ月前にブスルファンと呼ばれる薬剤を投与して、予め生殖細胞を除去した宿主マウスに麻酔をかける。続いて開腹して精巣を引き出す。ドナー精巣細胞の懸濁液を極細のガラス針を用いて、顕微鏡下で宿主マウス精巣の精細管内に一定量注入する。左右の精巣への移植が終わり次第、精巣を陰嚢内に戻して閉腹する。手術には、1匹あたり30分程度の時間を要する。この手術をドナー精巣細胞がなくなるまでおこなう。ドナーマウス1匹から得られた精巣細胞を用いて、6~9匹程度の宿主マウスの手術が可能である。

木曜日

本日も、昨日同様精細管内移植をおこなう。余った時間で精細管の標本を観察する。2日連続で目を酷使したため、充血がひどい。疲れ目に目薬がしみて、涙が溢れる。

金曜日

本日は、水曜日に精細管内移植したマウスの精細管の標本を作製する。移植したマウスの精巣を採材し、極細ピンセットを用いて精細管をほぐしていく。ちなみにマウスの精細管の長さは1精巣あたり約2mであり、直径は0.1mm程度である(私の実験系では、生殖細胞を除去しているため精細管が細くなっている)。精細管がちぎれないよう細心の注意を払って作業するため、片側の精巣を完全にほぐすために90分程度の時間を要する。今回は、左右両側の精巣をほぐし、パラホルムアルデヒド中にて固定する。その後、精細管を1本ずつスライドガラス上に並べ、風乾して貼り付ける。脱水を経て再水和の後、免疫染色をおこなう。今日のサンプルは、夜通し一次抗体(可視化したいタンパク質に対する特異抗体)と反応させる。

夕方には、1ヶ月後に使用する宿主マウスを準備するため、ブスルファンを腹腔内投与する。今日は、査読中の論文の締切日である。なんとか査読が終了して一安心。よぉーし、寝るぞぉーっ!!

土曜日

本日の実験は、昨日に引き続き精細管の免疫染色をおこなう。二次抗体(一次抗体に対する蛍光標識された特異抗体)と反応させる。続いて、核を染色してカバーグラスで覆うと標本が完成する。いよいよ観察である。少しずつではあるが、実験データが蓄積されていくことを実感する。

日曜日

本日は、休息日。先週から続く寒波のおかげで、伊吹山(滋賀県米原市に所在)もずいぶん積雪しているようだ。今年最後の登山を楽しむため、友人と伊吹山に向かう。伊吹山は、予想以上に積雪しており、ふかふかである。アイゼンは装着せずに頂上を目指す。高低差1157mを休憩なしで一気に登り詰め、2時間で登頂。9合目からは、極寒の風が吹き荒れて容赦なく体温を奪う。呼吸すると肺が痛い。まつ毛は凍結しているにも関わらず、鼻水は30cmほど垂れっぱなしである。今更ながら持って行ったすべての衣類を着込み、写真撮影をおこなう。ものの見事に山頂でコーヒーを飲む気力も奪われ、下山を決断。早々と下山して近くの温泉へ向かう。しかし、屋内の風呂場は人にあふれて体もロクに洗えない。仕方がないので、露天風呂の脇で体を洗う。寒い。これは罰ゲームなのか?風呂に飛び込むとそこはへヴン。風呂で体を温めた後は、醒ヶ井宿にある名水を求めて移動。平成名水百選にも選ばれた居醒の清水で名水を味わう。飲む、ひたすら飲む。ガブ飲みである。道の駅ならぬ水の駅で名水仕込みの日本酒を購入する。帰宅し、友人と杯を交わしながら本日の山行について語る。さてと、明日も実験頑張ろう!!

おわりに

私の1週間は、実験量の多少はあるものの、大まかには上記のようなサイクルで回っている。また、実験を組むにあたって、3ヶ月前から準備が始まり、来るべき本番の実験(私にとっては精細管内移植)に備えている。実験には大胆さと緻密さの両方が求められる。決して、自身の実験の組み方が上手であるとは思っていないが、常に正確な実験が実施できるよう事前に準備していることを少しでも汲み取って戴ければ幸いである。

また、休息日の行事に関しても、一年を通じて山に登っている以外にも、季節限定のイベントも興じている。毎年夏になると岐阜県の郡上八幡へ赴き、橋の上から川に飛び込むイベントを例に挙げよう。このイベントでは、主に橋(水面まで12.5m)の上から川に飛び込むことを楽しむ。これに加え、橋の上から傘を用いて空中散歩ができるか検討したり、川を流れるスイカを橋の上から己が身を弾丸へと変えて狙撃したりもする。ちなみにこのイベントには正装がある。それは、ブーメランパンツである。ブーメランパンツは、被覆面積が小さく、タイトであるため、上手く入水できない場合は尻部に加わる衝撃が通常の海パンのそれとは比較にならない。それでは、なぜあえてブーメランなのか?それは、より美しく飛び込むためである。自らにリスクを課し、追い込むことで、ヒトはより大きな力を発揮できると信じている、私はそのようなバカサバイバーである。だから、私は実験にも遊びにも手を抜かない。何事にも常に本気で挑みたいと強く考えている。全力で取り組むことが楽しい。読者の皆さんは全力で生きていますか?

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