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畜産学の現在と将来

 元来食料生産のための畜産(業)を支える学問領域であった畜産学は、畜産食品の利用が昔から盛んな欧米での歴史は古いものの、わが国で大きく発展したのは戦後の高度経済成長期に入ってからであった。以降、現在までの50年間で畜産学と畜産業は大きく発展し、そこで生み出された科学的知見や技術のいくつかは畜産学の周辺領域にも拡大しつつある(図 畜産学の現在と境界領域図)。ここでそのいくつかを紹介しよう。
 効率的に乳、肉、卵を生産するためにはその動物の遺伝的能力を高める育種・改良が不可欠であるが、そのために開発された人工授精や受精卵移植といった家畜の繁殖技術は、不妊治療などヒトの医療技術の開発に大きく役立ってきた。また1980年代には畜産学にもバイオテクノロジーや分子生物学の手法が取り入れられ、家畜の繁殖に関する技術研究は体細胞クローンヒツジのドリーに代表されるように生命工学の最先端となった。近い将来、特に家畜繁殖学の分野では、染色体判別による家畜の雌雄産み分け技術や、遺伝子導入によりヒトに有用な物質を家畜に生産させる技術等が実用化されると思われる。また、これらの過程で生み出される技術を野生動物に応用し、絶滅動物の復活や絶滅危惧動物の増殖を図ることも夢ではないだろう。
 これらの繁殖技術により高度に改良された遺伝的能力は、家畜の飼料・栄養管理技術の発展がなければ発揮されなかった。効率的に生産させるために家畜に必要な栄養素とその量が詳細に研究され、その過程で飼料中に含まれる(または添加する)様々な生理活性物質が発見された。中には動物の病気に対する抵抗性を高めたりストレスの緩和を助ける働きのある物質も存在し、分子生物学的手法によりその体内での働きが遺伝子レベルで解析され始めている。高等哺乳類である家畜に有用な物質はヒトにも有用である可能性があり、動物栄養学と畜産物科学の進展によって近い将来、「ヒトへの機能性食品の開発」という点で食品科学や予防医学との連携がますます活発化すると思われる。
 一方、家畜を飼育する農村環境に目を転じると、近年の農家戸数の減少と高齢化により農村地域では耕作されない農地が増加しており、イノシシやサル等の野生動物による農作物被害が深刻化している。畜産学の知識はこれらの被害対策にも役立てられ始めた。動物の行動特性を理解し、その制御に役立てる手法は畜産学の中でも家畜行動学や家畜管理学の分野で古くから確立されており、家畜を放し飼いにするための安価な柵の設計や製品化に役立てられてきた。これらの手法を応用し、野生動物の行動特性に合わせた農作物被害防止柵の開発が行われている。これらの領域は繁殖技術の野生動物保全への応用とともに、ヒトと野生動物の共存に向けた軋轢を解消するための環境科学との学際領域として発展するであろう。
 畜産業の近代化は経済効率優先によって畜産農家の大規模・集約化を推し進めたが、それは家畜を単調な建物内で高密度に飼育することを意味した。これらの飼育形態は家畜にストレスの多い生活を強いているのではないかという反省から、「家畜福祉」という考え方が畜産学において出現し、家畜福祉にかなう飼育環境を検討するためのストレス指標が生理学的、行動学的側面から研究された。同時に、得られた指標を用いて様々な飼育環境が評価され始めている。これらの結果は間もなくわが国初の「家畜福祉の基準」として取りまとめられるが、これら家畜における研究手法は同時に動物園や水族館など、物質生産以外の目的で飼われている動物達の福祉性の評価と飼育方法の改善にも役立てられていくだろう。
 この様に、畜産学では研究対象とする動物や研究のフィールドが幅広く、今後もますます深化・学際化が進むであろう。同時に、家畜の糞尿による環境汚染の問題など、現在の畜産業には解決しなければならない課題が多いことも事実である。若い皆さんに是非とも畜産学でフロンテイアを開拓してもらいたい。




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